表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/48

君への愛を世界に叫ぶ

   第四章 狂騒は熱を帯びていき、悲劇の輪は広がる


   1


 昨日まで、平凡で有り触れていたはずの田舎の町が、(ほのお)に包まれていた。その勢いは、地獄の業火でさえ種火に思わせるほどだ。

 悲鳴と怒号が飛び交い、人影が逃げ道を求め瓦礫の山の間を錯綜している。

 その中心には、一匹の獣がいた。獅子の身体に胴から生える山羊(やぎ)の頭、尾は蛇という自然の造詣(ぞうけい)にはあり得ない姿だ。

 獅子の頭部からは焔を、山羊の頭からは周囲を凍りつかせる冷気を、蛇の頭部からは雷霆(らいてい)を吐き出している。

 逃げ遅れた人間が一瞬で炭になり、まだ形を保っていた建物が粉々に砕ける。

 獣は獲物を求め悠然と焔の海と瓦礫の中を渡る。町の住民、人影を目敏(めざと)く見つめる(たび)に嬉しそうに吼え、物言わぬ骸へと変えていた。

 時折、猟銃やライフルの銃声が鳴るが、銃痕を穿(うが)たれても獣は一向に怯まない。痛痒を感じている様子は微塵もなかった。

 ――逆に、銃声の源に焔、冷気、(いかずち)を放ち抵抗する者を殺した。

 警官や猟師程度ではどうにもならない……

 逃げ惑い、あるいは息を潜め隠れている住民たちは絶望する。

 だが、獣の前に立ちはだかった影があった。

 金を溶かしたような長髪が熱風になびく。涼しげな目元のエキゾチックな顔立ちをした男装の麗人。長身痩躯で、丈の短いヴェストにズボン吊りで支えた長ズボン(パンタロン)を身にまとっている。二角帽をかぶり、首もとには色つきの絹のネッカチーフを巻いていた。

回転台機構(ターンテーブル)を腕にそう装着した美女だ。

既に発動旋律(モーション・メロディー)の音色が流れ、細く長い指が目まぐるしい動きで円盤(ディスク)の上を舞っていた。

もっとも強く(フォルティッシモ)――メロディーは、周囲の景色と同じように燃え盛る焔を連想させる(はげ)しさを秘めていた。

 もしかしたら、怪物を(たお)してくれるかもしれない――その光景を目撃した人間の心に微かな希望が宿る。

 だが、一方で「いや、あんな怪物を一人で斃せるはずがない……」という(くら)い気持ちがそういった者の心を支配していた。

「Goooooooooooooooooooooo!」と獣が不満を(あら)わに叫ぶ。

 ――獅子の口腔から、激流に似た焔の奔流が噴出する。

 同時に、美女の回転台機構(ターンテーブル)の操作が終わった。

 刹那、彼女の手が届く距離から、龍の焔の吐息を思わせる灼熱が生まれる。

 ――獣の焔と業火は真っ向からぶつかった。

蝋燭の火が風に吹き消されるが如く、呆気なく彼女の放った魔術が打ち勝つ。焔の津波が獣を呑み込んだ。

「aaaaaaaaaaaaa……」身を捩じらせ、獣は苦しげに咆哮を上げる。……焔が収まった後には、毛を灼かれ丸裸同然になった獣が横たわっていた。

 美女は腰に下げていた鞘から騎兵刀(サーベル)を抜き、獣へ近寄る。

「gu,rururu……」獣が身動きの取れない状態でも(なお)、憎悪に燃える眼で彼女を睨んだ。

 死を目前にしても、合成獣(キメラ)の恨みの念は減じることなく、むしろ風に煽られた焔のように燃え盛っている。

「そうね。恨んでいるわよね」美女の眼に哀切の情が浮かぶ。

「ごめんなさい」謝罪の言葉と、騎兵刀(サーベル)の切っ先が獣に向けられた。

刀身の先端は(まご)うことなく、獣の(しん)(ぞう)を貫いている。獣が大きく身を仰け反らせ、瞼を数度痙攣させた。

そして、その瞳から命の灯明が消える。だが、どこかその死に顔は獣であるというのに安らかさを感じさせる。

「先に地獄で待ってて」と美女は苦渋の溶け込んだ声音で告げた。


 合成獣(キメラ)を退治した美女は、魔術を(つか)って瓦礫を破壊し、また怪我人の傷を癒した。一通り自分に出来ることをこなすと、彼女は町の住人の気づかぬうちに姿を消す。

 きっと住人たちは、礼の言葉さえ受け取らずに町を去った彼女のことを褒め称えるだろう。

 だが、それは自身にとっては当然のことだ。

贖罪だから――森の中の街道を歩きながら彼女は胸のうちで呟く。

(それにしても、魔導兵器が活動を始めたのは何故?)

 美女は合成獣(キメラ)の姿を脳裡に思い描きながら、そんな疑問を抱いた。

 理由は解らないが、そこで弟子の姿が浮かんでくる。それは予感だ。言葉で説明することは出来ないが、自分の弟子がこの件に(かか)わっている気がした。

(あなたもあたしと同じ過ちを犯すの、馬鹿弟子……)

 世界を平和にしてみせると息巻いている弟子、その幻像に向かって彼女は語りかけた。

「また、無茶をしましたね、アンジェラ」

 色素欠乏症(アルビノ)――眼が血に染まったように紅く、髪が色が抜けたように白い中年の男が、木陰から姿を現す彼女に話しかける。

 アンジェラは翳りのある表情のまま、肩を竦めてみせた。そして、

「しょうがないでしょ、グラント」と彼に応える。

「とにかく、弟子のもとに急ぎましょ」さらに、真剣な表情でアンジェラは言葉を接いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ