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君への愛を世界に叫ぶ

    3


 とある日の出来事だ。場所は食料品店。

「なあ、ヴァン。どうして、こんなに食糧がいるんだ?」

 肥満体型の中年の店主が、怪訝な表情を浮かべた。

「ああ、いや――」ヴァンは適切な言い訳が思いつかず、言葉に詰まる。

「『眠れる森の魔女』ってやつはいなかったんだろ? だったら、遺跡で何をしてるんだ?」

『眠れる森の魔女』の部分で店主が小さく笑った。――嫌味が含まれていない、子供の勘違いを微笑ましく思っているような雰囲気だ。

「いや、『魔女』は見つからなかったけど、色々と発見はあったんだ」

 まさか、当の『眠れる森の魔女』を養っているとは言えず、ヴァンは無難な台詞を口にする。

「ほお、それはすごいな」ちっとも感動していない口調で店主は応じた。そして、

「でも、こんなに大量の食糧が必要なのか?」

 会計台の上の缶詰などの携帯食糧の山を示して、彼は言葉を続ける。

「それは――中央の役人が来てるんだ。ちゃんと研究してるかどうかの査定をしにね」

 ヴァンは精一杯嘘を捻り出した。愛想笑いの口の()が少し引き攣る。それらしい理由をでっち上げることに成功し、内心ほっとした。

「町に逗留(とうりゅう)せず、ずっと遺跡に()もりっぱなしなのか?」

 店主は(なお)も不思議そうな顔を(かたむ)ける。

「――熱心な人だから」パガニーニのことを思い出しながら告げる。彼の姿が脳裡に甦ったことで、ある閃きが生まれた。

「そうかい」といまいち納得していない表情で店主は首肯する。


      †


 食事のとき以外、メディアは椅子に座って端末に(かじ)り付いていた。

 それを少し離れた場所から直立で見守るパガニーニ、椅子に座って読書に(ふけ)るヴァンというのが日常の構図と化している。

 その均衡を、この日ヴァンは少し崩した。

 パガニーニに歩み寄り、「ちょっと来てくれない?」と告げたのだ。真剣な表情のメディアを横目に、彼を連れ出す。

「何の用だ?」スライド式の扉でメディアの部屋と隔たった廊下で、パガニーニが尋ねた。表情に微かに怪訝さが漂っている。

「ちょっと、協力してほしいことがある――」

ヴァンは神妙な顔で、そう話を切り出した。


 次の日――山高帽に襟つきの丈の長い上着(アビ)、体にフィットする長ズボン(パンタロン)という格好のパガニーニの姿が町中にある。それに付き添い、ヴァンは歩いていた。

 ――町の一角にある食料品店にたどり着く。店主と客が入ればいっぱいになってしまう広さの店舗(てんぽ)だ。そこに、ヴァンとパガニーニは入る。

 丸椅子に座り、新聞を読み(ふけ)っていた店主がこちらに気づいた。

「いらっしゃい――そちらは?」パガニーニの存在を認め、彼の表情は知り合いに向けるものから余所(よそ)行きのものに変化する。

「こちらは中央の文部科学省のパガニーニさん」

 ヴァンが、「文部科学省」を強調して紹介した。

「ああ、中央の」と店主は戸惑い顔で呟く。そして、「今日は、どんな用で?」と訝しげに続けた

「食糧を提供して頂いたお礼を申し上げに参りました」

 パガニーニが打ち合わせ通りの台詞を口にした。


 こうなるに至った事情はこうだ――役人の演技(フリ)をして町の住人に接触してくれないか、とヴァンは彼に頼んだ。

 するとパガニーニは「それは、メディアの為になるのか?」と訊いた。

 遺跡に町の住人の注意が向けられれば、余計な騒ぎが起きないとも限らない。ヴァンはそれに「うん」と肯いた。

 そうしたら「解った」と彼は無表情のまま了承したのだ。


「いや、そんな」店主は恐縮と困惑の入り混じった声を出した。

 確かに、食糧はきちんと代金を払ったもので、しかも上等なものではない。礼など述べられたら面食らう。

 しかし、目的は「ヴァンの食糧が増えた理由の裏付け」にあるのだから問題ない。

 むしろ、他のことに目を向けてくれれば万万歳(ばんばんざい)だ。

「本当にありがとうございます」パガニーニが折り目正しく――というより、過剰な程に丁寧に頭を下げた。

しかも、その顔にはどんな表情も浮かんでいないのだから妙な迫力がある。

「いえ、あの」彼は頭を上げると、しどろもどろになる店主を残して店を出て行く。

その歩き方は、かつて欧州を席巻した(まんじ)をトレードマークとする軍隊の兵士のようにキビキビしている。

「ちょっと、無愛想な人だけど、いい人だから」

 苦笑いでそう言い残し、ヴァンも食料品店を後にした。

 狭い町のことだ。中央から役人が来ているという話はすぐに広がるだろう。


 町から離れた森の中の街道で「ぷ、あははははは」ヴァンは大きな声で笑った。

「楽しそうだな」とパガニーニがどこか柔らかさを感じさせる声音で指摘する。パガニーニの棒読み口調が余計に面白さを倍増させていた(フォルテッシモ)。

「そうだね。楽しいよ、ふふ」悪戯が成功した子供の気分を味わいながら、ヴァンは応えた。滲んだ涙を指で拭う。

「そうか、よかった」淡々とした声音ではあるが、パガニーニは確かに「よかった」と口にした。

「……」ヴァンは眼を丸くする。喜怒哀楽の属する言葉を、彼はこのオートマータの口から初めて聞いた。

「ありがとう」とヴァンは笑顔になって礼を述べる。

 些細な成功だったが、二人で協力してことに当たったことで、以前よりも親しみが増していた。

 ただ、同時にヴァンはパガニーニに対して、言葉で表し様のない苛立ちのようなものを感じることがある。

 例えば、メディアに昼食が出来たと伝えに行こうとしたところ、ちょうど彼女が、

「機密情報保管庫で『魂の免疫システムの不完全性の可能性』と『データとしての魂、その追及』の資料を見つけて来なさい」

 とパガニーニに命令する場面を目撃した。

「あら、もう昼食の時間?」入室したヴァンを認めて、メディアがそんな台詞を口にする。

「そうだよ」普段なら、そんな昼食を用意するのが当たり前のような態度に噛みつくところだが、このときはそんな気になれなかった。

 部屋を出るパガニーニを追いかけるようにして退室する。

 そして、メディアのいる場所から離れたことろで、「ねえ」と彼を呼び止めた。

「何だ?」足を止めて振り返ったパガニーニは、別段疑問を感じている風でもなくそう尋ねる。

「……っ」一瞬、ヴァンは言葉に詰まった。

 自分でも正体の分からない苛立ちのような物を彼に感じて、無意識のうちに先の台詞が口を突いて出ていたのだ。紡ぐべき言葉が用意されていない。

「――どうして、唯々諾々と彼女に従うんだよ」

 やっと、ヴァンはそんな文言を搾り出した。

「不利益を被るのでなければ拒否する必要はない。彼女の助手を務めることで、様々な情報を得ることが出来る。労働に対して、入手できるデータの価値の方が勝っている」

 パガニーニは、当たり前のことを語る口調でそう応える。

「――分かった」釈然としない思いは残るが、彼の言っていることは真っ当だ――そう思い、ヴァンは首肯した。

 その仕草を「行っていい」という意味に取ったパガニーニが背を向けて離れていく。

 喧嘩同然のやり取りの末、メディアの助手を務めることを拒否していた。それなのに手伝うのは何となく癪で、ヴァンは彼女の研究にはタッチしていない。

 そのことに対する後ろめたさが、パガニーニに対する苛立ちの形を取っているのだろう、とこのときヴァンは考えていた。

 だから、食料品店の店主を騙すのに協力してくれたパガニーニに対する「ありがとう」という言葉には、複雑な思いが込められている――


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