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君への愛を世界に叫ぶ

   2

 

 つい先日、パガニーニは一人のホムンクルスの少年と接触した。

「僕の名前はヴァン。ヴァン・ホーエンハイム」

 少年が名乗った途端、パガニーニの思考に雑音(ノイズ)が走った。今まで感じたことのない、弦楽器を弾き損ねたような不快な感覚が胸のうちに生まれる。

 それは、彼が稼動してきた中で初めて感じるはっきりとした感情、「動揺」だった。

 現在、視野の中にいるヴァンは、バックパックから取り出した缶詰を開け、中の魚を食べている。考え事をしているのか、ぼんやりとした表情だった。

 その表情に先程の少女の容貌が重なる。

 彼女は、自分が地上に残ったただ一人の人間であるかもしれないと知って茫然としていた。

(残されるとは、どういう感覚だろうか?)

 彼は積極的に疑問を呈する。これは今までになかったことだ。作戦以外のことに思考の容量を割くなど、かつては在り得なかった。

 ――だが、答えは出ない。

 彼が育んできた思考ルーチンの中には、「相手の感情を想像する」などというものは存在しなかった。

 せいぜい、相手の表情から考えていることを読み取るのが関の山だ。

 それでも、この疑問は投げ出してはいけない気がする。死というものを初めて知った子供のように、彼はそれについて考えつづけた。

 なぜなら……


 ヴァンと言葉を交わしたときのことを思い返しながら、パガニーニはイグネイシャスと会っていた。場所は町から少し離れた森の中だ。

「それで『魔導兵器の隠匿の可能性あり』っていうのはどうなったんだ?」

 イグネイシャスが、(ガラ)の悪い口調でパガニーニに尋ねる。木の幹にもたれ、オートマータだというのに気だるげな様子だ。

「現在、調査中です」直立不動の姿勢で、パガニーニは応えた。

「……手間取っているな」蛇のような視線を向け、イグネイシャスは彼を()めつける。物事が自分の思う通りにいかないことに苛立っていた。

「大体、餓鬼(ガキ)を片付けてないのはどういうことだ?」

 彼は眉間に縦皺を刻む。人間顔負けの表情の豊かさだ。

「彼が帰らなければ町が騒ぎになり、血族(ブラッド・リレイション)の中央に気取(けど)られる可能性があります」

 パガニーニは淡々と答弁を繰り返す。無駄な人工筋肉は一ミリたりとも動かさない鉄面皮を保っていた。既に何千、何万とシミュレーションを繰り返している。そこに一片の隙もない。

「チッ――」とイグネイシャスは忌々しげに舌打ちする。パガニーニの言葉は正論だ。ヴァンの始末は、単なる彼の趣味だ。強行に命令は下せない。

もし、オートマータの国家「螺旋(スクリュー)」に不利益をもたらすと上に判断されれば、彼も呆気なく処分されてしまう。彼らの存在は、オートマータ全体から見れば、たかが「部品」に過ぎない。

だが、逆にマイナスになりさえしなければ、どれだけ趣味に走ったところで処罰の対象にはならない。

「まあ、いい。それにしても、時間がかかり過ぎじゃないのか?」

 イグネイシャスは表情を改め問いかけた。

「図面と実際の施設のデータに大きな不一致が存在するため調査に時間がかっています」

 録音した返答を流しているような平坦なパガニーニの答え。

「……期限はあと一週間だ。それまでに調査を終了しろ。こんなド田舎じゃ、趣味の殺しをすると目立っちまう」

 イグネイシャスはそう言い残し、その場を後にした。

成功したか……――パガニーニの中に育った感情の芽が、安堵の色に染まる。


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