君への愛を世界に叫ぶ
6
遺跡から帰った夜、ヴァンは夕飯をパトリシアの家で御馳走になっていた。
何かにつけ彼女の母親は彼のことを夕食に招くのだが、今回は「遺跡の鋼鉄獣を退治したお手柄を称えて」というものだ。
実際のところ、今回は何もしていない。
鋼鉄獣のことをメディアに話したところ「そういうことのないようにしておくわ」という言葉が返ってきて、呆気なく解決したのだ。
「ねえねえ、それで『眠れる森の魔女』は見つかったの?」
パトリシアが目を輝かせながら尋ねる。
「いや、見つからなかった」幼なじみに嘘をつくことに、胸が疼いた。口角に力を入れて無理やり苦笑を浮かべる。
「ふーん、そうなんだ」
彼女がこちらの目を覗き込みながら小刻みに肯いた。その視線はどこか透徹としていて、心を見透かされている気がする――ヴァンは軽く身じろぎした。
「とにかく、トリシアのお婿さん候補が無事に帰ってきて良かった良かった」
向かいに座るブルースが満面の笑みで言い放つ。その目の周りには青い痣が出来ていた。どうやら、イグネイシャスと呑みに出かけたことで制裁を加えられたようだ。
ヴァンは苦笑いを浮かべながら、豚ヒレ肉のローストローズマリー風を口に運ぶ。
舌の上に、ローズマリーのほのかに甘い香りと肉の香ばしさが広がった。
「やっぱり、キャロラインの料理は美味しい」
と今度は自然な笑顔を浮かべ感想を述べる。
「あら、嬉しいわぁ。パトリシアもこの半分程度のレベルでいいから料理の腕が上がればいいのにねぇ」
彼女は頬に手を当て喜びながらも、娘に向かって毒を吐いた。
「もう、頑張ってるでしょー?」とパトリシアが頬を膨らませる。
――いつも通りの長閑なやり取りだ。
しかし、ヴァンの意識は半分、別のところに向けられている。
美味しい、その一言でメディアのことを思い出したのだ。寡黙なパガニーニと過ごす夜はどんなものだろう?
その胸に去来するものを思うと、彼の心に昏い陰が落ちる。同時に、その側にいたいと思う。
「どうしたの、ヴァン?」物思いに沈んでいた意識を、パトリシアの声が引き戻した。彼女は不思議そうな顔をしている。
「ううん、何でもない」とヴァンは表情を取り繕って首を横に振った。
「疲れてるのもかもしれないなぁ。何なら、トリシアの部屋に泊まっていくかい?」
ちゃっかり、ブルースが「ヴァンお婿さん計画」を進行させようとする。口もとにはちょっと下品な笑みが浮かんでいた。
「寝言がひどいから、眠れなくてかえって疲れが取れないよ」
ヴァンは意地悪な笑みを浮かべてそう応える。
「ちょっと、いつの話してるのよ!」
小さい頃の話を持ち出されたパトリシアが、慌てて抗議の声を上げた。
「いやそういえば、最近もトイレに起きたとき、お前の部屋から真夜中に声が聞こえた気がするなー」
ヴァンの冗談に、ブルースがニヤニヤと笑いながら乗っかる。
一瞬、パトリシアの表情が固まった。が、すぐにその表情は怒りに染まる。
「パパまで何よ!」と彼女は声を荒げた。
ヴァンはそのやり取りに笑みを浮かべながらも、ふと我に返るような感じで、意識が目の前の光景から離れ物思いに沈んだ。
(メディアはどうしてるかな?)
遺跡を後にしてからこっち、ずっと彼女のことが頭から離れない。 どうしてだろうか? こんなのは、初めての経験だ。