朽ちないものを胸に
別のペンネーム、別の作品で某ライトノベル新人賞最終選考落選の過去があります。
ぜひ、拙作をお楽しみください。
プロローグ
「――こちら偵察小隊、止むなく敵と応戦中!」
隣の通信兵が、無線に向かってがなり立てている。
それを掻き消す勢いで、銃声が轟いていた。
自動小銃を手にする人影、軍服姿の、人間と違わぬ姿の人工生命体の中には、少年ぐらいの年頃の幼い顔立ちの者もいた。
彼らの身長は一様に低く、ジュニア・ハイスクールの生徒ほどしかない。
そんな年代のホムンクルスの一人、ルーテルは一心不乱に攻撃を行っている。短い黒髪を振り乱し――ヘルメットは吹き飛んだ――黒い眼に必死な光を宿している。
「生きて帰るぞ!」と隣で同じく射撃中の戦友、グラントが真剣な顔で声を上げた。ルーテルと同年代で、入隊してすぐ仲良くなった奴だ。
外見は色素欠乏症特有の漂白したような髪と肌、紅玉を思わせる赤い眼をしている。
――間近で爆音が上がった。熊の突進でも受けたように、ルーテルは吹き飛ばされた。右側の耳をキィィィンという耳鳴りが占拠、何も聞こえくなる。
それでも何とか身を起こし、彼は起き上がった。中腰の姿勢で戦友の姿を探す。
グラント……――その姿を見つけた瞬間、絶望的な気分に支配された。
太い幹の破片が胸に刺さっている。すぐにでも治療を施さなければ、いや施したとしても死んでしまいそうだ。
「撤退だ!」と叫びながら、上官がルーテルの腕を掴む。フラつきながらも前に進もうとしていたルーテルを、上官は強制的に引きずっていく。
「ああ、あ――」茫然となり混乱しているせいで、結局ルーテルは戦友を置き去りにすることになった……
†
アンジェラは、光学迷彩で姿を消した状態で戦場を眺めていた。銃弾が飛びかう場所からは数キロ離れているが、望遠機能のお陰で支障はない。
なだらかな草地が広がる丘陵地帯と森林地帯の境目――そこで二つの勢力がぶつかり合っている。
片方は人影だ。自動小銃を手にし、腕に嵌めた機械を操作、魔術を顕現――衝撃波や炎を敵に向かって解き放っている。
それに相対するのは、巨大な蜘蛛を連想させる異形だ。軀を構成するのは金属、その正体は多脚式戦車だ。数十体のうち一部が、魔術の攻撃に直撃、あるいは巻き込まれ破壊される。
その脇には、やはり人影があった。だが、彼らは人間ではない。自動人形だ。突撃銃を構え、射撃を敵に加えている。
一方で、多脚式戦車に搭載された電磁加速銃が小さな雷を何度も生じさせ、音速を超える弾丸を吐き出す。弾は樹木を薙ぎ倒し、幾つもの人影――人工生命体たちを貫通した。肉体が巨大な霧吹きと化し、臓腑や血が霧状になって飛び散る。
アンジェラのいる場所までその臭いが届くことはないが、轟音と地面の揺れは確かに感じていた。何より、望遠でもって見つめる彼らの死に様は、確かに脳に刻み込まれている。
呆気に取られ、悲愴な色に染まり、あるいは無表情に、幾つもの最期の瞬間が彼女の記憶に生々しく蓄積されていった。
(止めて……)
アンジェラは胸の内で弱々しく呟く。
(あなた達が争う必要はないでしょう……?)
彼女はたまらず、覆面を毟り取った。
光学迷彩が崩れ、エキゾチックな顔立ちが露わになる。金を溶かしたような長髪が顔面の半分を覆った。アーモンド型の大きな瞳、すっと通った鼻筋と同性でさえ見惚れるような顔立ちをしているが、その美しさは悲しく歪められた表情で損なわれている。
もし、この場に彼女を見る者がいたならば、貌の半分が隠れていても尚減じることのない慙愧の念を目の当たりにすることになっただろう。
彼女の声無き声は届くことなく、阿鼻叫喚の地獄絵図は陶酔した芸術家が休むことなく筆を動かすかの如く絶え間なく続いた。
オートマータたちが完全に立ち去るのを見届け、アンジェラは戦場となっていた場所に移動する。
台風に見舞われたかのように、樹々が薙ぎ倒されていた。辺りは静まり返り、錆に似た臭いと焦げくさい臭気が漂っている。
……そして、無惨な死体と残骸が転がっていた。
胸や腹に大きな穴が空いたホムンクルスや、全身が焼け爛れ金属の地肌をのぞかせるオートマータ――そんな中、ピクリと動く影があった。
アンジェラは雷に打たれたように身体を震わせる。逃げ出したい心境になった。罪を正視したくない……
だが、気づいてしまった以上、逃げられなかった。
アンジェラは、倒れた樹の幹にもたれているホムンクルスに近づく。
「大丈夫? 意識はある?」彼女は声をかけた。顔には真剣な色が浮かんでいる。
相手は色素欠乏症だ。彼は身じろぎし、ゆっくりと瞼を開ける。髪や肌が石灰を思わせるような色で、瞳は血のように赤かった。まだ少年と呼べる年齢だ。
あちこちから出血し、胸には幹の破片が刺さっている。放っておけば失血死するはずだ。
「名前は?」相手の意識を繋ぎ留めるために質問を投げかける。
「グ、ラント……」
その間にアンジェラは魔術を発動させる――治療。グラント少年の傷が瞬く間に塞がっていく。単細胞生物の増殖を目の当たりにするような、驚異的な速度だ。
「……!」
失った血のせいでぼんやりとしながらも、グラント少年は目を瞠って驚愕する。
(この状況で言い逃れはできない――)
アンジェラはこの瞬間、ホムンクルスとかかわっていくことを決意した。
†
人が滅んだ後も、彼らによって生み出されたホムンクルスとオートマータは争い続けていた――
†
「彼」が、硝煙の漂う銃を手に提げ基地を後にしてから、百年の時が流れた。
自然と周囲に仲間――自動人形が集う。
最初は、そういった者たちを修理する工房として、都市は始まった。
歳月を重ねる中で繋がりは複雑化する。『「修理する者」を修理する者』を更に修理する者といった具合に。
そして、彼は気づけば機王と呼ばれ、オートマータたちを束ねる立場にある。
そんな彼のもとに一つの情報が寄せられた。自分たちと同じように、人工生命体が血族という国家を形成し、人間のような生活を営んでいる、と。
機王にとって、人間は憎悪の対象だ。そんな人類に酷似し、血肉を備えたホムンクルスが繁栄を謳歌するなど許せなかった。
鏖だ……――螺旋という国家の元首を名乗り、オートマータの殲滅戦に打って出る。そのために、数多くの戦闘用オートマータと兵器を製造した。
機王は熱狂した。憎悪する人間の姿にホムンクルスを重ね、それを理不尽にもぶつける。
楽しかった。胸が空く想いがしたのだ。
だが、何事にも終わりが訪れる。
あと一押しすれば、ホムンクルスが全滅してしまうところまできたのだ。
そこで、機王は恐怖する。
彼らが滅ぼした後、この憎悪はどこに向ければいい?
死というものが訪れない彼にとって、消えることのない負の感情は何よりも苦痛だ。
そこで、彼は軍を引かせることにした。そうして、ホムンクルスが勢力を盛り返したところで、また戦争を仕掛ける。
領土を求めるでもない、自由を渇望するでもない……ただ、彼の憎悪を晴らすために、小休止を挟みながら戦争が果てしなく続いていた。
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