古代エジプト詩『ツタンカーメン讃歌』
世界の神話伝説や歴史を題材にした詩、第12弾。黄金のマスクで有名な古代エジプトの王、ツタンカーメンを讃えます。ツタンカーメン王墓発見100周年の昨年には完成させられませんでしたが、この度遅ればせながら出来上がりました。この詩をツタンカーメン王その人と、自分が尊敬するエジプト考古学者の吉村作治先生や河江肖剰先生、河合望先生や大城道則先生をはじめ、古代エジプトを愛するすべての方々に捧げます。
古の エジプト治めし諸王の中で
一際名高き王なる ツタンカーメンをば、いざ讃えん。
おおツタンカーメン、謎めいた少年王。まずは語らん、御身の血筋。
祖父のアメンヘテプはエジプトの 黄金時代に君臨したる偉大な王。
父のアクエンアテンはテーベより アケト=アテンへ都を遷し、
冥界の神、母なる女神、隼神ら古き神々を捨て去りて、
唯一神のみを信ぜよと、民に強いたる異端の王。
義理の母なるネフェルティティ、アクエンアテンの正妻は、気高き美貌の王妃なり。
ツタンカーメン、父亡き後、齢九つばかりにて
ナイルの賜物 エジプト治める王となり、
父が招きし王国の 大いなる混乱収めんと、
数多まします神々の王、最高神に再び帰依したり。
おおツタンカーメン、苦渋の決断せし王よ。
偉大な祖父と異端の父、最高神と唯一神の狭間にて、
幼き御身はどれほど迷い、悩みしことか。
その後も乱れた国を建て直さんと、
御身は日夜 勤めに励み、王の責務を果たしたり。
病弱なる身を汚れなき 亜麻の衣にて隈なく包み、
ふらつく足と杖もて支え、文武両道たらんと努めたり。
王宮にては笏を手に、宰相アイの助けを借りて、政の決定下し、
戦場にては采を振り、将軍ホルエムヘブに守られながら、二輪戦車走らせ弓を引く。
国のため、民のため、世界の真理を維持するために。
多忙な日々を過ごす若き王、御身を労わり、支えしは、
アンケセナーメン――御身が腹違いの姉にして、同じ父持つ王妃なり。
御身と王妃は幼き日より 共に学び、戯れて、気心知れた間柄。
アンケセナーメン、勤めに疲れし御身の肌に、心安らぐ香油を塗れば、
ツタンカーメン、御身は微笑み、王妃のために のど潤す水を手ずから注ぐ。
世継ぎとなるべき子宝に 恵まれることこそあらねども、
二人は肩寄せ、笑い合い、時には狩りを楽しみて、
時には盤上遊戯に打ち興じ、仲睦まじく暮らしたり。
されど最高神ら神々が 定めし運命は無慈悲なり。
若き王は儚くも、二十歳に満たずして亡くなりぬ。
その亡骸は幾重にも 亜麻布巻かれ、黄金の仮面を被せられ、
四重の棺、四重の厨子に納められ、弔われたり、丁重に。
金箔張りの番人像、黄金の玉座に金色の寝台、天蓋つきの二輪戦車。異国ミタンニから贈られし、天より降りたる鉄の剣。汚れなき亜麻の衣に麺麭、肉、葡萄酒。おびただしき数の埃及俑――死後の世界 イアルの野にて、死者に代わりて働く人形――等々、数多の財宝、弔いの品に囲まれて、葬られたり、小さき墓に。
以後、3000年の長きに渡り、御身は眠り続けぬ、安らかに。
時がナイルと共に流れゆき、ハワード・カーター、英国の 若き考古学者が
苦労の末に、御身の墓を探し当て、閉ざされし扉に穴穿つまで。
そのとき、カーターを支え援けたる、英国貴族カーナヴォン、
「何か見えるかね、カーター君?」
扉の穴に 蝋燭一本差し入れて、向こうの闇に目を凝らす
カーターの背中にそう問いかけぬ。
するとカーター、振り返り、静かにかく答えたり。
「はい、素晴らしいものが――」
かくて3000年の時を経て、眠りから覚めたる少年王。
その財宝の数々は、いずれも絢爛豪華、最高の品。
されどカーター曰く、真の宝はそれらにあらず。
王の姿写したる 金箔貼りの人型棺、その額に置かれし可憐な花輪。
枯れて色褪せたる この花輪こそ 3000年の時を超え、今に伝えられし愛の印。
おそらくは最愛の妻 アンケセナ―メン自らの手で 供えられたる愛の証。
その美しさには、かの名にし負う 黄金の仮面もかなうまじ。
おおツタンカーメン、かくも愛され、死を悼まれし少年王。
この歌をもて、御身を讃えん。