……老いた狼
ーーー聖女セレネがようやく狼に初撃を加えた……おっとぉ、これはどうゆう事だ!?
ーーーああ、そうゆう事か
闘技場の全ての者が驚愕した。
「……!?」
「安心……して下さい。私が……ゴフッ……傷を治してあげま……」
ーーーありゃ回復魔法だよ。あそこまで出来た奴じゃないけどどっかで見た事あると思った。
ーーーえっと……彼女はなぜそれを対戦相手に?
ーーー知ってたらとっくに言ってる
私は血反吐を吐きながら狼に回復魔法を施した。古傷が少しづつ癒えていき、少しばかり老体に活力が戻る。
狼もこれには動揺を隠せず顎の力が弱まる。少し隙間が出来た、これで右手の可動域が広がり狼の頭にも手が届きそうだ。
「ん"……はぁ……はぁ……古傷、今まで……傷が痛みま……づっ……」
息も絶え絶えに狼の頭を撫でる。豪毛の下の触覚にも届くように体に残る僅かな体力を目一杯使って、だけど子供を慰める様に慈悲深く穏やかに。
「私は……貴方が何をしよっ"……っても抵抗しません。だから安心して……安心して痛めつけてください……っ」
不味い、頭と舌が回らなくなってきた。
「狼さん、何を躊躇しているんですか」
「………」
しかし、ルナシーさんだけは違う。模擬戦だというのに私を殺す気でいるらしくとどめを刺すように催促している。
「狼さん」ナタシャキ……
ブンッ!!
狼は私を地面に向ってゴミの様に投げ捨てた。受け身も取れず勢いで地面を転がる。血と砂埃でグチャグチャな私、もはや満身創痍でありその場から起きる体力もない。つまりこれからは何をされてもあるがままを受け入れるしかない。
「お嬢さん、これで宜しいですか?」
「こいつみたいなの相手なら合格点です。狼さんはよくやりましたよ。あとは私に」
幻聴も出てきた。狼の唸り声が男の声に聞こえる。それより今は逃げないと。だって今の私だと……
ーーー聖女セレネ、脱出はできたものの満身創痍!!しかも今度はルナシー本人が直々にブチのめしに来たぁ!!
例えば今、相手のルナシーさんが狼よりも遥かにどす黒い殺気を纏い、大きな斧を手にしていても逃げる事さえできないのだから。
今の彼女の顔は……見ている余裕はない。だけど声色は変わらず淡々とした口調だ。殺気だけが、私を始末しようとする殺気だけが絶えず彼女の狂気を描き出す。
「あ……貴方も……回復しま……」
ゴンッ!
「おい、さっきからのアレはどうゆう事です」
ルナシーさんは私に向かって斧の側面を叩きつける。今の一撃でも骨の数本は砕けてるだろう。なのにその後も何度も何度も、私の顔、胴体、手足、全身をまるで親の敵の如く私を殴りつける。
「貴方が幾ら非好戦的であれどあのザマは何ですか?あんな駄犬にも反応できずにスキを晒して致命傷を受ける、それで戦争に行く気でいるんです?」
ドコッ バキッ ドスッ
「それに自身の身の安全を考えずしかも相手を回復、いくら貴方が偽善者の聖職者でも甘すぎです。優しくて強いを良しとする価値観は絵本の中で終わらせて下さい」
「だって……」
神様、お許しください。こんなこと言われたら……流石の私でも……文句一つ言いたくなるよっ……!!
「だって?」
「……聖典には……人を傷つけちゃ駄目だって……あったから……」
「ああそう」
ルナシーさんは諦観し、蔑むような目で私を見て斧を構え直す。
「じゃ、死んで下さい」
そして、躊躇なく私の首元に斧を振り下ろす。
「っのバカ野郎!!」
ダッ
「(ミツキさん?)」
ガキーン
「何故止めるのです?」
なんと観客席にいた筈のミツキさんが斧を剣で受け止めた。斧が振り下ろされた瞬間に走り出してここへ来たのだろう。
「お前こいつを殺す気か!?これ模擬戦だぞ!?」
「切断しないだけ手加減です。それにこの脳内お花畑には抗う手ははあります。コイツなら怪我なんて魔法を使えばどうとでもなるでしょうしあなたが出る幕じゃ……」
「せいっ!!」
不意打ちで斧を弾きスキを作り出し私の腕を掴んで安全地帯まで距離を乗る。
「セレネ、体はまだ持つか?」
「コヒュー……コヒュー………ぁ……平気………で……」
「早く回復しろ!!死にたいのか!?」
もはや言葉を認識できてすらいない。だけと彼が何を望んでいるかは分かる。まだ間に合う、霞がかった頭の中に魔法の式がポツポツと浮かび上がってきた。
「(あ……だめ……まだ……)」
だけど、使わない。私はそれらを振り払ってまで頑なに自身を回復しない。
「おい実況!!試合止めろ!!結果はセレネの負けでルナシーの勝ち、もしくは妨害でノーカンだ!!」
ーーーええっと……確か規則だと……いやそんな場合では……分かりました。勝者、ルナシーです!!
「おいセレネ、試合は終わったぞ!!」
ミツキさんが私を抱き上げる。
「………」
「セレネ!?」
「………ああ、そうで……す………か………」ガクッ
かろうじて理解できた言葉に返事をする。
「セレネ……?セレネ……!?セレネ!!」
私は落ちゆく意識の中で彼が必死に名前を呼びかけるのを感じながら眠りにつく。
「おい、誰か治療できる奴を!そこのお前!こいつを医務室へ!」




