行ってきます
現在時刻 朝
「……ん………ふぁあ……」
朝日が登り切る前の薄暗い朝。今日は新たな門出の日だ。いつもより早く起きたのは好都合、いつもより身支度に気をつけて着替える。
「久しぶりに外なんて出ますね」
顔を洗い銀髪を整えてからいつもの修道服に袖を通す。
「……よし。今日はどんな日になるでしょうかね、楽しみ……ではないですが」
ーーー
現在時刻 朝食後
軍とは国の中心の王都で合流してから戦地へ向かうらしい。田舎のここから王都まで約3日、旅の準備をしなくては。
「持ち物は数日分の服、臨時に支給された予算のお金、魔導書、聖典、それと……」
研究書、なのだがこれだけは話が別。研究書の為の研究書の為の研究書……の為に作った本棚があるくらいには数が多く溜まりに溜まっている。
「……取捨選択して何冊かにしましょう」
というわけで持ち物を纏めながら考え事をする。
院長から言われた私の成るべき「聖女」の背景はこうらしい。
出身は没落した貴族の娘。幼い頃に両親は自殺、身寄りがなく教会で育ち多彩で発展の見込みのある私の血筋を探るとなんとあの聖典の聖女と血が繋がっていた。そして私はまた民の為に現代の勇者達と戦いに向かう……背景の私の方が悲惨な目にあっているのは嘘であるとはいえ少しかわいそうだ。
「(……他の推薦の皆さんはどんな方でしょうか)」
推薦とは私と同じように国に招集をかけられた者である。私の背景にある現代の勇者がこれに当たる。そのメンバーはこうだ。
「赫巫と狛犬」 調教師
ルナシー ローケプヘン
「藍の探究」 賢者
リューナ クロートザック
「新緑の輪廻」 村人兼勇者(!?)
ミツキ ミナモ
「黒姫」
Black Queen
そして私が
「銀の聖女」 聖職者
セレネ ブラインド
ブラインドは私の偽名ならぬ偽姓らしい。元から本当の苗字は分からないから今までと特に変わらない(今までは院長の名字を借りた)。私の為に適当な資料を捏造してくれたらしいけど……やりすぎでは?研究書は2、3冊に絞れた。移動中に余白に4冊目分の公式を纏めればいいや、という算段で準備を済ます。
「よし、準備完了」
ガチャッ
「おーい!!セレネちゃん!?どうしたの、馬車来てるけど!!」
「あ、先輩。おはようございます」
先輩がノックもせずに部屋に入ってきた。幸い身支度ができていたので寝起きの姿を晒さずにすんだ。
「今出ようと思っていた所です。暫く会えなくなりますがお元気でいてください」
「セレネちゃん旅にでも出るの?」
「まあ……これも神の与えた試練です。天命と国に従って少し遠くまで行くだけです」
馬車を待たせるのも悪い。持ち物を詰められるだけ詰めた袋を持って修道院を出た。
ーーー
「ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」
「馬車が早いだけ。あんたは時間ぴったりだ」
修道院前には既に国から派遣された馬車が止まっていた。
「ほれ、ぼさっとしてないでこのオンボロに乗りな」
「そんな事言わなくても、国が派遣した馬車ですから感謝しなくては……少し古いのにも事情があるのでしょう」
確かにこの馬車は重要人物を乗せるにはいささか年季が入っている。だけどいつ使えなるか分からないような物を国がわざと用意するものか、なにか訳があると思う。
「嬢ちゃん、正解だ」
この馬車の御者の方が答えた。
「なにせここらには賊が多い。下手に豪華な馬車なんか持ってくりゃ命がないからな、こうやってオンボロで来てから安全なところで乗り換えるんだ」
賊に襲われるならば仕方がない。話の続きを聞くと近くの街へ移動した後、正式な馬車に乗るらしい。
「ありがとうございます……ひゃー馬車なんて初めてな気がしますよ」
荷物を持って馬車の中へ入り席に座る。硬い椅子の座り心地は悪い。だけど私にはこれで十分、むしろ人が死ぬ環境に向かうこんな私が向かうのには優遇されているとすら思える。この馬車に護衛に当たる人物がいないのはそのためだろう。
「それじゃあ嬢ちゃん。出発……」
「ちょ、ちょっと!?護衛もなしにセレネを連れてく気かい!?」
なんと院長が出発を引き留めた。それも必死な様子で、普段なら歩いて行けと言わんばかりの彼女がそれを言うとは。
「院長、心配なさらさないでください。神様はきっと私達を王都まで安全に導いてくれますよ」
「バカも休み休み言ってくれ。あんた、この子に何かあったら責任取れるんだろうね?」
院長は御者のもとへ向かい……ここからは見えないので音だけで推測すると何やら話し込んでいるらしい。しばらくして御者さんがこちらへ来てから
「国から『護衛はいらない。多分彼女の実力ならかんたんに蹴散らせられるから』ってお達しがきて護衛は付けられなかったんだ」
「……そうですか。それではそろそろ」
「ああ、少し待ってな」
馬車が動き出した。窓から修道院の方見ると院長は何も言わずに帰ってしまっている所だった。
「………私なら護衛はいらない」
さて、一人になった私は馬車の中で御者から伝えられたそれについて思案する。
「(国は私に護衛はいらないとおっしゃっていた。有事の際は私がその場で対処をしなさいとの意図があるのですね)」
……まさか国は私が攻撃をする為の光魔法を使えると踏んでの事だろうか。だとするとこちらにとっては少し不味いこととなる。魔法が使えないという訳ではない。教義上殺生は忌むべき行為であるからである。それにもしそうなら私は最後にいつ使ったか分からない魔法を使うこととなるからだ。
「念の為魔導書を見返した方が良さそうです」
分厚い魔導書を開き該当のページを探す。懐かしい式だ、使い方は……うん、平気だ。あとは体の動かし方さえ思い出せば。
「(ここから町まで安全に移動できれば良いですね)」
本を綴じてから手を合わせ目をつぶり、神に祈りを捧げながらそんな事を考えた。
ー--
「………」
ガタンガカン……
「(この式はここをこうすると圧縮ができてこれをここに代入すると……ここの変数は別の枠で適当に処理するとして……あ、いい感じに面白くバグった)」
魔法について2時間以上の熟考なんていつ振りだろうか。修道院じゃ寝る前や5分か10分の空きを作ってやっていたからこれはいい機会だ。頭の中に文字と式をたくさん並べてひたすらデバッグ、単純だが深く16年なんて時間じゃ到底底なんえ見えない無限のパズルの解を探す作業を目一杯楽しむ。
「…………ふー。これでひとまずの光攻撃魔法の効率化は終了です。外の景色は……森ですね」
ホラー小説に出てきそうな暗く恐ろしさを感じる森。遠くの風景も深い緑で光はない。だけども遠くから聞こえる鳥の声や風の音が心地よく、これではまるで絵本の森のように奇怪な風にも見えた。
「御者さん、町まではあとどれくらいですか?」
「おーう、あと一時間もしないと思うぞ」
1時間……魔法の研究をする集中力は持つと思う。あ、その前に気分転換で魔法の実演をしよう。
「ありがとうございます。お礼に魔法で回復しますね。えいっ!!」
初歩的な回復魔法を彼にかけた。効果は強めの薬草と同程度で効果はすぐに出るはずだ。
「おおっ!急に肩が軽くなった。これなら聖女って言われるのも納得だな」
「えへへ、まだ正式ではないですけど頑張ります」
「おう、頑張ってく……ちょっ!!誰だおま……ぐわぁぁあ!!」
叫び声と激しい物音とともに馬車が急停止する。何事かと思い魔導書を盾代わり頭を守りながら馬車内で身を隠す。
「(えっと……外の様子は……)」
「ちっ、最近馬車がしけてると思ったらわざとボロいの使ってやがったのか。騙しやがって、畜生!!」
「お前らのせいでまともな飯にありつくのどんだけ苦労してると思ってんだ!?」
「(乱暴な男性が2名……噂の賊の方たちのようです)」
外から先程の男性が痛々しい姿になりつつある音がする。硬いものが折れて葡萄のような物が潰れる音、今すぐ治してあげたいけれどそれではまた同じ事に……ああ、なぜこんな惨状が。
「(早く……早く立ち去ってください……)」
「さーて、この馬車はどんな奴が乗ってるんだ?商人のじゃねえし底辺の役人か?」
「あえてこんなガラクタに乗ってんだ。とんだ物好きか、それこそシケてるふりしたえれーやつかも知れねえな!!」
二人が近づいてきた!!どうにかして賊のいる逆側のドアから脱出して逃げないと……
「だ、誰か……助け……」
ガチャ
「向こうから物音だ!!」
「逃さねえから……覚悟して待ってろ!!」
やばい、焦りすぎてドアの音開ける音を出してしまった。もう隠れる事もできないので諦めて走って逃げる。
バンッ
「はっ……はっ……」
サザザッ
「あの野郎逃げて行きやがった!!追うぞ!!」
「(まずいまずいまずい。捕まったら……捕まったら何されるか分かりません。お金とか本とか置いてきちゃったけど……今だけは自分の命が優先です!!)」
私は暗い森の中の闇に溶けやり過ごす為に必死に逃げる。
が、ここで誤算。
「はぁ……はぁ……」
息切れ、普段仕事ばかりで肉体労働はあれどあまり運動する機会自体が無かったから。体力の無さを痛感した。
だけど十分な距離はとれた。ここまで来たら追ってこないはず……
「っ……っ……タゾ……居たぞ!!しかもあいつ、教会の姉ちゃんか!!」
「何!?処女は高く売れる!!止まれ、そこを動くな!!」
「……きゃ……きゃああああ!!」
まだ追いかけてた。思わず悲鳴を上げてしまった。
賊達は血のついた鉄の斧を持ち全速力でこちらへ向かってくる。それに運も悪く、私が気が付かないうちに自身の後ろには大きな木が立っていて逃げ場をなくす。
「や……止めてください!!やめ……」
「おいおい……大声出すなよ。他のやつにバレたら……」
男は私ギリギリの所に斧を振り下ろす。風を切る音とともに私の髪の数本を切っていった。
「……っ……ぁ………やめ……殺さな……」
恐怖で震え、舌が回らなくなる。ああ、これが死、あるいは絶望なのか。野うさぎのように臆病な自分がはるかに強い暴力的な存在を相手にして初めて分かる。
「へへへ……あんたみたいな女にシスターなんか地味なのは似合わねえと思うぜ。カミに手合わせんじゃなくて男と遊んでなんぼだ……ろっ!!」
「あ……服がっ……やだ……見ないで」
男に服を破かれる。詳細は……語りたくない。
「おいバカ!こいつは売り飛ばすんじゃ……」
「あ?市場は馬鹿しかいねえし平気だろ。嫌ならお前だけ貧相なモツしごいてろ」
「(………神よ、お許しください。これが乗り越えるべき試練だというのなら私は乗り越えるつもりです。しかし……しばし問いたいことがあるのです)」
「(人を傷つけるか自身が汚される事、どちらかでしか解決できない試練を何故私に課せたのですか?)」
まだ反撃はできる。久し振りの攻撃魔法は問題なく作動して手の中にはほんのり暖かい光の玉が出来ている。
だけど私は手に籠もる魔力を必死に抑えて、あくまでも聖職者として超えるべきではない一線を超える覚悟をする。
つまり、私はその理不尽を受け入れたのだ。男は私の足を強引に掴み……嫌だ!!お願い、こんなのやだ……やだ!!
ああああああああ!!!
「おいお前ら。そこで何してる」
通りかかった若い男が賊の一人に問いかけた。この深い森の中、何故に人が……!?
「何って、見てわかんねえのか?」
「ああ分かるさ。馬車を襲って無抵抗な女の子、それもシスターとやらしい事しようとしてんだろ?」
その男は剣を抜いた。見た所彼は冒険者や剣士などの戦う者でないただの町民のように見える。しかしそれに見合わぬ白く高貴な剣、彼は一体誰なのか。だけれども今は彼を頼らなければ!!
「あの!!どなたかは存じ上げませんが私を助けて下さい!!」
「初めからそのつもりだ。おいお前ら、俺とやり合うか?」
「ヤり合うのはゴメンだな、おりゃお前と違って女が好きなもんで。兄ちゃんもこの女で遊ばないと損だ……」
「おいお前!もしかして……あのミツキって村人か!?」
賊の一人、私と絡んでいない方の様子が何やらおかしい。彼の顔を見た途端、急に焦り始め顔色も悪くなった。それにミツキ……
「お前らに教える名なんてない。……で?」
「ミツキ……ミツキだと!?ちっ、今日は勘弁してやる!!」
そうして賊達はどこかへ去っていった。
「……そこのシスターさん。平気か?」
「え、えー……はい。ミツキさん、ですか?ありがとうございます」
「当然の事をしたまでだ。……馬車の行き先は?」
彼、ミツキさんが聞いてきた。たった今会ったばかりの彼とは無関係の事……だけれども、今の私は何の装備もなしに森に放置されている状態。剣の心得のありそうな彼を頼る他ないので行き先を教えた。
「分かった。じゃあそこまで連れてってやるよ」
「あ、ありがと……ってちょっと待ってもらえます?私が勘違いかてなければあなたは私と初対面のはずなのでは無いでしょうか。ならそこまでなさらなくても……」
「ミツキ ミナモ」
彼は私の質問に答えずその名前を口にした。どこかで聞いたことのある名前だけど一体いつ……いや、もしかして……
「……あ!もしかして貴方も」
「『新緑の輪廻』。称号はアレだが俺はただの村人だ」
……どうやら彼も私と同じ者のようだ。




