ごくありふれた普通の典型的な回復のできる修道女
愚かな兵士は武器を置いた。逃げた代償からは逃れられないというのに。
だが己の使命を再び思い出す時が来るならば彼はまた折れた武器を拾う日が来るのだろうか。
それとも手に取ったときは既に風化しているのだろうか。
それは、いまではないとおくはなれたときのおはなしです
あるところにひとりのおんなのこがいました
おとうさんとおかあさんはおんなのこがちいさいころ、おんなのこをきょうかいにあずけてしらないどこかにいってしまいました
おんなのこはきょうかいでひとびとをいやすひかりのまほうをおしえてもらいました。おんなのこはまほうをだれよりもじょうずにつかえてたちまちくにじゅうひとがおんなのこをしりました。おんなのこはやさしいので、きょうかいにきたひとをまほうをつかっていやしてあげました
おんなのこはあさひのようにあたたかいきれいなおとなにそだちました
あるひ、くにのへいしがきょうかいにきておんなのこをどこかへつれていきました
「おまえにはだれにもまけないつよいまほうがつかえる
おうさまのめいれいでせんそうにきてもらう」
おんなのこはやさしいのでせんそうにいくことにしました。ひとのこころとからだをいやすのはおんなのこはとくいでした。
ーーー
「……今日のお話はここまで。それじゃあ皆明日を楽しみにしててくださいね」
子供達に読み聞かせた本を閉じる。
「えー最後までお話聞きたいよーセレネねーちゃん」
「このお話は少し長いから何回かに分けて読むから……それまで皆で続きがどうなるか想像しててくださいね」
私はセレネ、教会で働くただの修道女。
物心つく前、幼い頃に捨てられた孤児。それから教会で拾われてそのままそこで育ち、現在16歳。今は孤児院が併設された修道院でその身を人々に捧げる毎日である。遊びたい年頃ではあるけれど、今は質素なこの静かな生活の方が大好きなので今日も今日とてこの修道院で働いている。
そして、先程まで孤児院の読み聞かせをしていてちょうど今終わった所だ。子供の世話は大変だがやりがいのある仕事、多分この生活で一番幸せな時間だ。だけど、仕事は仕事、次の仕事は修道院の方なので移動する。
「セレネちゃん、お疲れ様。午後は私が行くから修道院の方やってね」
午後の当番の先輩から廊下で声をかけられた。
「あ、はい。分かりました。先輩もお勤め頑張ってください」
「はいはい。それにしても、セレネちゃんて子供の世話楽しそうにやるよね」
「子供達の元気な姿は大好きですから。私もかつてはあんな感じでしたけど」
「はははっ、確かに」
「先輩は料理の仕事好きですよね。私の分も請け負ってくれて……」
「それより時間平気かい?」
そうだそうだ、こんな事を話してたら仕事に遅れてしまう。早くしなければ。
「それじゃあ先輩も頑張ってくださいねー」
私は急ぎ足で次の仕事場へ向かった。廊下を走るのはいけないので速歩きで。
「そうそう、今日も急患が入った。普段の仕事は後回しで院長のが病室に行けって」
「はーい」
ーーー
現在位置 病室
使われていない部屋を改造して作られた簡素な病室。ここに来るまでに廊下に血が垂れていたから既に患者は部屋の中だろう。今日は喀血の症状のある病人かな?だとしたら手間が多い治療になりそうだ。ノックをしてから部屋に入る。
コンコンコン
「失礼します、治療にきたセレネです……うっ」
「遅い、負傷者を殺す気かい?」
部屋の中には口の悪い老婆……院長と件の患者が。ベッドで寝かされている患者は全身が傷つき、至るところから激しい出血をしている。部屋の角に纏められた凹んだ鉄装備から彼はどこかの兵士なのだろう。だとしたらここへ来るまでに一体どのような激しい戦いをしたのだろうか。
「院長!?何故ここにいるのですか!?」
それよりも私には院長がいることに驚く。院長は患者を手に持った布で止血している。だが治療なら私一人でも十分だ、立場が上の者が何故?
「説明は後、早く魔法を使ってこのうるさいのの傷塞ぎな。栄養補給はワインの酒カスを食わせたからいらないよ」
「(酒カスって……今あるのって前に絞った肥料にする古いのだけしかないような。ギリギリ捨てる前だから確かに食べられなくはないけど……)」
「んぐううう!!んぐぅぅぅ!!!」
院長に紫色の猿轡を噛まされた患者がかわいそうだ。それに外傷だけであればかなりかんたんな処置で済ませられる。院長の言う通り余計な事考えずに終わらせよう。
「分かりました。兵士さんの治療を開始します」
私は魔力を手に込めて慣れた手付きで魔法を展開する。光の線が自身の腕に走り幾何学模様で腕が埋め尽くされる。そして輝いた手で患者に触れると大きな傷口がじわじわと塞がっていきあっという間に外傷の跡は消えた。傷が塞げた所で今度は体の中の怪我だ。魔法で調べた所損傷箇所は……骨折が足と肋を数本といくつかの内蔵破損。これくらいなら先程の外側からの治療だけで中まで治るだろうし十分だろう。念のため適当に該当箇所をよく治しておく。
「……はい、これで終わりです。猿轡外しますよ」
「んんんー!!んん……ぶはぁ!!はあ……はぁ……ありがとう。君がいなければこのババアに殺されてたよ」
「誰がババアだ!!こっちは命の恩人だというのに礼儀がなってないね。これだから男の兵士は嫌いだよ」
「普通の聖職者は死にかけの兵の口を詰まらせねえだろうが!!ましてやババアがする事じゃねえ!!」
「まあまあ……」
このままだと汚い罵声が院内中に聞こえてしまう。なんとか二人を落ち着かせてから兵士の彼を帰した。
「兵士の方の治療は初めてでしたけどあんなに重症になるものなんですね」
「知らないさ。そうゆうは勝手に殺し合ってる奴らに聞いてくれ」
「……そうですね」
あ、そういえば院長にはなぜ治療の時に病室にいたのか聞かなければ。
「そういえば院長、なぜあなたの様な方が治療を?治療だけなら私の魔法でいいですよね」
「……それについてこのあと話がある。あんたが持ってる魔導書と聖典、それとあんたの研究書もって晩飯のあと私の部屋に来な。あとこれ、あの兵士がお前にって」
院長は私に一枚の手紙を渡してきた。質のいい封筒で宛先は私の名前、当然身に覚えは無い。送り主は……Black Queenという謎の人物。それだけでも疑問は尽きないが一番の問題は……
「上質な紙ですね。これは誰が送り主でしょうか」
「王の勅命の奴だよ。前に見た事がある」
王の命……王の命!?
ー--
「(……はぁ。私が王様に命を受けるなんて)」
淡々と職務をこなしながらあの手紙の内容を思い出していた。
「セレネ様へ
本日はお日柄もよく……
〜中略〜
P.S.長々と書いてしまったが要は君の実力を見込んで戦争に参加してほしい。君の魔法の腕は町の方では噂になってるんだ。回復魔法も使える君ならどんな戦場でも活躍できるだろう。まあ、王の命だから断りようがないけど最悪血は見せないようにはできるよ。じゃ、いい返事を待ってるよ。
Black Queenより 王の命で」
戦争……近頃この国では隣国と戦争をしていると町の人から聞いた覚えがある。修道院から出ない生活が長いから詳しい事は知らないけれど、既に両国ともに新兵器や強力な魔法も使い無数の死者を出していて前線はこの世の地獄だと言われている。
そのような人の命が軽い所に聖職者の立場につく私のような者がいていいのだろうか。これが人の業の渦中とはいえ、これが誰かを助けるならば神は許すのだろうか。
倫理的な問題でも課題は多いが、もう一つ心配なことが一つ。
「(魔法の腕……たしかに人よりは魔法の知識は持っているつもりですが人様の参考になるような物ではないような)」
私が他人に話せる様な少しばかりの自慢、それは私が回復魔法を使えるという事だ。
私がまだ小さい頃、図書館の本を整理している時にたまたま魔導書を見つけてしまった。それで見様見真似で簡単な魔法を覚え、それを今の先輩方に見せたらその本を私にくれたのだ。今となってはかなり太っ腹な行為だと思うがここから出て行かないことを見越した事だったのだろう。
閑話休題
それから時間を見つけて私はその本を研究した。初めは火や水などその時読んでいた冒険譚に影響されて気になった物を研究、取得していた。しかしそれらには適性がなかったらしく全く魔法が発動しない。今でもそうだ。しかし、それとは対局に光に関する魔法はやたらと使えた。幸運な事にここは修道院、人々を癒す為の魔法の多い光の魔法は私が使う最も強い魔法となった。それでたまにここへ訪れる病人や怪我人の治療にその力を使っている。
ここまでで私の何が駄目なのかというと、この場では自身の実力の測定が不可能だからだ。修道院という性質上、私には他者との関わりが少なく他に魔法が使える者を知らない。院内の者が、とも考えた探したものの存在しなかった。それもそのはず、世間では魔法というものは学者、もしくは一部の冒険者か聖職者、聖職者だけに限ればその中でも特に位の高い専門職しか理解する者はいないという。何故魔法の知識がそのような物なのにこの修道院に魔導書が、というのは未だに不明である。
「(今の実力だと確か……腫れ、痒み、虫刺され、切り傷、腹痛、風邪、それと毒の分解呪いの解除、その他諸々。それ以外も出来ない事はないですか数年に一度使う程度なので少々腕が心配ですね)」
一応、私ですら院内の者から凄いと褒め称えられる実力はある。なら世の魔法使いというのは死者蘇生でもするのだろうか。
「はぁ……」
とりあえず話は夕食後なのでその時になるまで真実は分からない。今は部屋にある研究書のどれを優先すべきか考えることにシフトしよう。
ーーー
現在時刻 夕食後
現在位置 院長室前
話すことでもないしあの事は秘密にして約束の時刻に院長の部屋に訪れた。
「……院長室に呼び出し、ですか」
治療時は当たり前のように会話していたが彼女、院長はかなり口が悪く院内の者から嫌われれている。私も尊敬こそしているもののこんな事でなければ関わりたくないお方だ。
「(院長、今日は機嫌が悪そうでしたし2、3時間の罵詈雑言は覚悟しておきましょう)」
私は心してその部屋に入る。院長が神妙な顔つきで手紙……それも私とは別の送り主の国からのを読んでいた。
「あの……言われた通りやってきました。それは別のお手紙でしょうか」
「そうさ。何度読んでもこの手紙の内容がクソだったもんだから書き間違えじゃないか心配でね」
院長はその手紙を破り捨ててくずかごの中に捨てる。国からの物をそのような扱いでいいのかは多分聞いたら怒られる。
「さて、本題だ。あんた、魔導書と研究書は持ってきたね」
私は持ってきたそれらを彼女に渡す。長年私が読んで日焼けした古本、可能はそれをひったくるように取ったあと中身を一瞥した。
「うーん……」
「(ますます顔が険しく……私国の命をこなすのには力不足でそれについてお怒りでいらっしゃるのでしょうか)」
「あんた、魔導書と研究所の光魔法は全部使えるかい?」
「は、はい!!」
唐突に聞かれたものだから返答の勢いが良くなってしまった。
魔導書の魔法は使用頻度こそ少ないものは多いが光魔法であれば何でも使える。ただ一部の魔法は体質に合わなかったり圧縮して効率を良く出来たので改造した。その結果、色々いじって使いやすいようにした研究書にまとめてある魔法をメインで使う。魔導書はもう公式を確認する程度でしか使わない。
「……奴らの気持ちも分かる」
院長はそう呟きながら今度は私に数枚の書類を渡してきた。
そこには沢山の人の名前と病状が纏められた書類と医学書の治療困難な病に関するヶ所からの引用文だった。壊死、伝染病、薬物依存、脳損傷……纏められた病はこの表に書かれた物と一致する。どれも酷い病気、しかも末期だ。もしこの様な状態の患者が訪れてきても私にも治療する自信はない。
「何勝手にいじけてんだい」
「え、あ、ごめんなさい。この人たちも私が治療をすることが出来たならと思って」
「そこに書いてあんのは全部あんたが昔治した病人だよ。年食っておっ死んだ奴以外は今もピンピンしてる」
「………え?」
「今日の兵士もそうさ。何でも来る途中賊に襲われたらしいが酷い怪我だった。私の見立てだとあんなの町医者ん所だと手足の数本は切られてるね」
「……それを私が…………え、ええええええええ!!??」
「耳元で叫ぶんじゃぁない!!耳が悪くなる!!」
「ごめんなさい!!」
驚きのあまり叫んでしまった。この末期の患者を、私が?
「今までおかしいと思わなかったのかい?普通血を吐いてるような奴は病院から投げ出されたどうしょうもない連中だ」
「でも、何で私のところへ?」
「街じゃあんたはこういう触れ込みで有名人さ。『老いと死と恋心以外治療可能』って。なかなかセンスあると思わないか?」
「センスはたしかにあるような……」
これが私の治療を施した人たちなのか。改めて名簿を見返す。私の読み間違えじゃなければ大富豪や貴族なんかの名字がちらほらと見受ける。い、いつの間に……
「ここまでで分かっただろ。あんたは国の上層の中じゃ有名人もいいところ、何でも治せるすごい医者だ。……で、ここからが本題だ。セレネ、あんたはこれから聖女だ」
「え、聖女?」
「そう、それが国がお前に与えるあんたの立場だ」
「………はぁ!?いやいや、そんな……大昔に書かれた聖典に記載されてる聖女が実は私っていうのは無理がありますよ」
「あたしもそう思う。だけど驚かれても国がそう言うんだから諦めな。いいかい、後で詳細な資料は渡すけどお前はこれから聖典の聖女だ。内容は分かるな?分からないなら聖典の聖女のページを開きな」
聖典は魔導書の次に小さい頃から読み慣れた書物、暗唱も余裕でできる。
「聖女は私達の信仰する神の言葉の中の聖人の一人で『聖女、万人を癒し悠久の命授けん。聖女、道外れゆく者に浄罪の光与えん』から始まる節が有名な人物ですよね」
「国はそれがあんただと。こじつけにも程がある」
そうだ、これはこじつけだ。私には癒しの力こそあれど浄罪に値する力は無い。正確には教義上殺生が忌避されるから使う機会が無かったというのが正しい。
「でも魔法自体は使えなくないんだろう。素直に行きな」
「ええ……」
「迎えの馬車が明日来る。それまでに魔導書を見返すなり何なりしときな」
「え、明日!?」
「手紙持ってきたのがあれだから発送が遅れてた風だよ」
そんなわけで、私は明日から聖女として久々に修道院の外に出ることとなった。
こんにちは、囚人番号虚数版です。Twitterでは穂谷なつめとして活動しています。
転載初期ということでこの作品は6話までは1日3本投稿します。




