『1914年(大正3年)1月10日-新婚旅行-』
『1914年(大正3年)1月10日-新婚旅行-』
「おや?なんだあれは?」
深夜の桜島に火柱のようなものが上空へ高く上がる。
「奇っ怪じゃな 何かが起こるのかもしれないな」
漁師はいつものように魚を釣り上げていた。
早朝の一番舟に乗り合わせた夫婦。
新婚旅行は桜島で過ごす
そう僕たちは決めていた。
「もう少しで桜島に着くのね」
船の甲板で二人は桜島を見つめている。
「出会った頃から行きたいって行ってたもんな さくらは」
「私と同じ名前の島だもの、大人になってから行くって決めてたの」
海風に煽られた髪を整える。
「それが新婚旅行?」
「うん、それが私に相応しいって思ってたの」
さくらは船乗り場前で買った紙袋から何かを取り出している。
「ねぇ知ってる?」
「ん?」
後ろに何かを隠すさくら
「ジャン!桜島小みかん!」
「何これ?ちっさいみかんだな~。ちゃんと育ってないんじゃないの?」
人差し指と親指で掴んで熟れ具合を確かめる。
「知らないの?巷じゃ有名よ?」
「そうなんだ、甘いのかい?」
「もちろん♪」
二人で一緒に小みかんを食べる。
びっくりするくらい甘い。美味しい。
大きいみかんだけが正義かと思っていた自分は大海を見た。
「あ!そろそろ着くよ!」
さくらは粗々かしく紙袋を荷物に積み込み下船の準備をし始めた。
「今度は島の中で採れたて食べようね!」
乗船していた客達が次々と船から降りていく。
「昨晩の明かりみたかい?」
船着き場で漁師が話をしている。
「あんたもかい?山の天辺から物凄い火柱が立ってたよなあ」
なんだいなんだい、神でも降りてきたってか?酒でも飲みながら漁は危ないぜおじさん達。
切符を渡し、船着き場を後にした。
「さくらちゃんいらっしゃい!」
「おばさん来たよ!」
さくらの親戚が経営する旅館だ。
さくらのように明るくて美人だ。さすが親戚。
「いい旅館だね、お世話になります」
軽く会釈する。
「あなたがさくらちゃんの旦那さんね、とても凛々しくて素敵ね。
ささ、お部屋の準備はしてあるからこちらへどうぞ」
女将に案内され部屋に入る。
和室のテーブルの上に大きな大輪の花が添えてある。
「わぁ~、おばさんありがとう!素敵なお花ね!」
「冬牡丹よ、貴方達の幸せを願って用意したの。」
お茶を用意する女将。
さくらは窓へ向かう。
「桜島あまり見えないね」
女将は笑う。
「さくらちゃん、ここが桜島よ」
一瞬天井を眺め、そっか。と言うばかりの顔でさくらは笑った。
僕も笑った。
「桜島はね、桜島に入ると桜島が見えないの。
でも桜島にいると鹿児島全域が見えるのよ。」
フフ、と笑いながら女将は立ち上がり
「食事を後で持ってくるからゆっくりしてね」
女将は襖を締めて去っていった。
「桜島だよ!桜島!ついに来たよ!」
さくらは全力の笑顔で僕に思いを伝えてきた。
だから僕はこの二人だけの時間だけで伝えたい事を伝えた。
「さくら、結婚してくれてありがとう、幸せに、わっぜ!幸せになろうね!」
全力の笑顔で伝えた。
僕達はまるで日本から離れた世界に居る気分だ。
坂本龍馬さえ新婚旅行に来てない島。
歴史に出てくる偉人に勝った気分でいる。
「きゃー!」
冬牡丹を飾った花瓶が倒れる。
地震だ。
地震が多くて有名な島、噴火も多い。
「大丈夫だから安心しろ!」
さくらを抱きかかえて床に伏せる。
激しい地鳴り、低い音が空に轟く。
大丈夫だから、大丈夫だから、大丈夫だから。
俺が居るから。
さくらを安心させる。
揺れは収まりさくらだけを掴み外に出た。
「女将さん!」
女将は腰を抜かして地べたに座り込んでいた。
「さくらちゃん達大丈夫だったの?!良かった、本当に良かった」
座り込んだままさくらの足に抱きつく女将。
宿泊客を確認しみんな無事で良かったと旅館の人達は安堵している。
空は灰が飛び交っており不気味な雰囲気だ。
祝ってくれよ、
祝福してくれよ桜島。
僕らの門出を祝ってくれよ
桜島。
さくらが願っていたこの日をよ。
「ここから避難しましょう。ここから南下すれば私の実家があるからそっちのが安心だわ。」
女将が急ぎ足で帰りの支度をする。
僕たちは揺れが無い事を確認し、部屋に置いてきた荷物を持って女将さんの車に乗せ移動した。
東桜島村。
先程居た場所より陸地に近い分安心があった。
「今日はごめんね、新婚旅行を喜んでもらおうと色々考えていたのに…。」
女将は湯呑みを見つめる。
「いいえ別に女将さんのせいではないし、気にしないでよー」
さくらは女将さんに気を使う。
お互い気を使わなくて良いのに気を使ってしまう所が健気で美しく見えてしまう。
「そうだ、近くに神社があるの。折角だしお参りに行ってみたら?
私その間に食事の用意しとくからさ?」
という事で僕とさくらは二人で神社にお参りに来た。
「なんかさ」
さくらが言い掛けてる。
「怖い事があったけどさ、これも思い出にしよ?」
ちょっと悲しそうなさくらだったけど、半分笑っていたから僕も
「うん」
と、半分笑い返した。
そして盛り上げようと
「僕たちの新婚旅行の思い出はサバイバルだったんだから!って言ってやろうぜ!」
なんて言ったらさくらは悲しさが飛んでいつもの笑顔になってくれた。
気づいたら夕方を迎えて女将さんの家に戻った。
「じゃーん!鶏飯!」
女将さんが笑顔で僕らに夕飯を出してくれた。
「けーはん?」
「そそ鶏飯よー奄美大島のね郷土料理!お祝いの時に食べるのー私はいつでも食べるけど♪
いっただきま~す♪」
「いっただきまーす♪」
さくらもさくっとずずっと食べる。
「いただきます・・・けーはん?」
ずずず・・・うまい。鶏出汁だ、美味しい。
「ねね、君さ鹿児島の人じゃないの?」
女将さんがズズっと鶏飯をかきながしながら聞いてくる。
「ぶらり旅してまして関東の方から来ました」
「ふーん、それでさくらちゃんとどうやって知り合ったの?」
「街で女の子達の踊り子大会をしてましてそこで知り合いました」
さくらはゆっくり鶏飯を食べてる。
「ふーん、でもどうやってさくらちゃんと知り合ったの?」
女将は自分用の2杯目を用意し始めた。
「1人髪飾りを失くして困ってた子が居たんです。それがさくらでした。
この街に辿り着いた時に足元に髪飾りが落ちてたので届けてあげたんです。」
鶏出汁を注ぎながら女将は
「へ~ロマンチックね~そんな事あるのね、いただきーす!ズズズ」
「さくらは自分のせいで周りの人達に迷惑がかかると泣いていて、髪飾りを渡したら驚くくらい感謝されてしまって…。」
「なるほどね~知ってる?さくらのいるチームって優勝候補なのよ?有名な大学の踊り子チームなんだから。その有名な大学チームが負けたら・・・ね?感謝してるのね?さくらちゃん」
プハーと言いながら女将はご馳走様を言った。
「とても嬉しかったんです。あの時は本当に終わった…って思ってたから…。」
「ねねね、彼氏くん」
「いや旦那です。夫です。」
「ねね、夫くん、さくらって鹿児島の踊り子コンテストで優勝してるのよ 知ってるう?」
「知ってます!ズズズ ご馳走様でした!」
女将さん最初のキャラクターとだいぶ変わってきたぞ??これがオフモードなのか?
「フフフ、おちょくりすぎたわね、ごめんね、でもさくらにこんなにちゃんとした旦那様ができて良かったわね」
桜は箸を止め
「結婚したら最初にどこに行きたい?って聞いたらあの島がいいなって言ってくれたから。」
「あの島って?」
「桜島」
「ふーん。ようこそ、桜島へ!」
女将さんは嬉しそうな顔で食器を片付けはじめた。
鹿児島でも1月は寒い。
僕たちは布団に入り明日を迎えた。
1914年(大正3年)1月11日午前3時41分、鹿児島測候所で初の有感地震があった。
午前9時57分には震度5の地震が発生。
12時から24時の間に93回の有感地震を観測。
僕達は神に祝福されない新婚旅行を過ごす事になってしまった。