第18話 五頭分のドラゴン
「え~~~と、それでローガンをぶん殴って今に至る……と」
自分の意識の無い間の話しを聞き、額を指で押さえるライアン。
怒っているような呆れたような複雑な表情をしている。
『まあ仕方ない、やっちまったモンはな、気を取り直していこうぜ!!』
「……やっちまった張本人がそういう事言わないでくれるかな!?」
声こそ荒げはしたがそれ以上知恵を責める気にはなれなかった。
何せその暴行の原因がローガンによるブライアンを侮辱する言動だったらしいからだ。
さすがに自分を擁護しようとしてくれた相手に対して内心感謝こそすれ過失を追及する事はライアンには出来なかった。
そもそも四天王ルシアンとの戦い方の意見の相違を自分の口で言わなければならなかったのを知恵は身体を乗っ取るという形で代弁してくれたのだ。
もし自分が直接ローガンの侮辱発言を聞いていたらどうなっていただろうとも思う。
「はぁ……で、これからどうするの?」
『ルシアンは後回しだな、力を貸してるジャスティスの野郎がどう動くかは予測できないし居場所も分からない、ならば残る選択支は一つ……』
『五頭巨竜ドグラゴンだべな?』
『そういう事になりますね』
「ちょっと待ってよ、それを言ったらドグラゴンだって居場所が分からないんじゃないの?」
『いや、四天王にはテリトリーがあるよな、西と東の四天王は倒したから南担当のドグラゴンは北以外になら自由に移動できるようになっているだろう、オレたちがギランデルを倒した情報は魔王軍にも伝わっているだろうから放っておいてもドグラゴンは東を目指して進軍してくるはずだ』
「成程、向こうからやって来るって訳ね」
『そういう事だ……それでだ、折角あちらからご足労願うんだ、おもてなし派丁重にってな』
「どうするの?」
『ドグラゴンは火、水、雷、土の属性の魔法が使えて巨体な上に翼で飛べるんだったな?』
「そうだけど」
『じゃあ小細工は無しだ、こちらに決闘場所の選択権があるのなら足場の良い思いきり開けたフィールドで待ち構えるべきだな』
「それはどうして? 空を飛ぶんだから飛べない様に地下の洞窟におびき寄せるとか、巨体で身体が重いのを逆手にとって足場の悪いぬかるんだ湿地におびき寄せるとかは出来ないの?」
『言った通りだよ、下手な小細工をしてもそれらの魔法でどうとでも奴が有利な状態に出来るからな、今お前が言った例は地下なら地上から土魔法を使って洞窟を圧し潰すだろうし、ぬかるんだ湿地も空を飛ばれたり水魔法で地面を操作されたら意味がない、ならこちらが不利にならない選択を取るべきだとオレなら考えるがね』
「ウィズダムは流石に知恵の四元徳だね」
ライアンは軽く微笑んでいる。
『何だよ、今更褒めても何も出ないぜ?』
「感心したのよ純粋に、あたしならそこまで考え無いもの」
『フン、お前は物を考えなさ過ぎるんだよ』
「なっ、何ですって!?」
が、一転すぐに怒りの表情に変わる。
『まあまあ、そんな事で喧嘩しないのでくださいよ』
節制が仲裁に入る。
二人のやり取りはいつもこんな感じだから慣れたものだ。
『ちょい!! じゃれる合うのはそこまでにしとけ!! 何か近付いて来るだよ!!』
「えっ?」
勇気に言われて進行方向を見ると何やら光って見えるではないか。
「何だろう?」
『光り? いや日光を反射している様だな……しかし何だアレは?』
ゆっくりとこちらへ近付いて来るのは透明な球体であった。
大き目のスイカほどの大きさでふわっとした動きで尚もこちらへ進んでくる。
とうとうそれはライアンの目と鼻の先まで到達し、そこで制止した。
「はぁ、綺麗ね……水晶玉みたい」
『なあライアン、そいつをちょっと剣で突いてみろ』
「えっ?」
『いいからやってみてくれ』
今の今まで言い争っていた時のおどけた話し方から一変して神妙な態度になる知恵。
「わっ、分かったわよ、やるわね?」
知恵に促され恐る恐る剣をその球体に向けるライアン。
知恵が警戒している感じでいうものだから急に不安になってしまう。
「それっ!!」
剣の切っ先が触れた途端、その透明な塊は水風船を突いたかのの如く弾け、地面には水たまりが出来上がる。
「水!?」
『そのようだな、どうやら魔法力の膜で包まれた水だったらしい』
『何だってそんなモンがここに来ただか?』
『どうやらしてやられたらしいな……』
「えっ? ウィズダム、それってどういう……」
ライアンが言いかけているその時、周りの空気が騒がしくなる。
『何か音が聞こえませんか?』
音は定期的な感覚で連続して聞こえる、例えるなら大きな鳥の羽ばたきの様な。
『来たな、お客人のお出ましだ』
上空から強風が叩きつけるように降り注ぐ。
余りの強さにライアンは目を開けていられない。
堪らず腕で顔を覆う。
『見つけた、ここに居たよ』
「声!?」
声の直後、地面が振動で大きく揺れた。
何か巨大な物体が地面に落下したかのようだ。
そして同時に風も止む。
「……あっ!! コイツは!!」
やっと開けられたライアンの瞳に映ったのは宿命の相手……翼の生えた巨大な身体に五本の首を持つ巨竜、四天王ドグラゴンだ。
『ほう、この女がガランドゥとギランデルを倒したという女勇者か?』
五本の首の中央、赤い首の竜頭がライアンを睨みつける。
「あっ……あああっ……」
途端にライアンの身体が縮み上がり全身が小刻みに震える。
無理もない、彼女はまだブライアンだった頃に奴と一度戦い死ぬ思いをしたのだから。
いや厳密には戦いにすらなっていない、一方的に嬲られたのだ。
『どうだい? 僕の探知魔法に掛かれば人探しなんてすぐって言ったろう?』
赤い竜頭のすぐ右隣りの青い竜頭が自慢気に鼻を鳴らす。
『またそうやってすぐ自慢したがるよね青いの、私にだって探知の魔法はあるんだけど今度勝負する?』
赤い竜頭の左隣の黄色い竜頭が辟易と言った顔で青い竜頭を挑発する。
『探知なんてまどろっこしい事なんかしなくてもいいぜ、全て薙ぎ払っちまえばいいんだ』
黄色い竜頭の左隣の濃緑の竜頭が物騒な事を口走る。
『………』
一番右端の桃色の竜頭は以前と変わらず物静かであった。
『何と、さっきの水の球は奴の探知魔法でしたか』
『そんな事だろうと思ったよ、恐らくだが生き物の呼吸などの気配を自動で感知し移動する魔力を内包した水系魔法か何かだったんだろうよ』
「じゃあこれがウィズダムが言っていた探さなくても向こうの方からこっちへ来るって事?」
『………』
知恵は黙っているがライアンには肯定の意味と感覚で分かる。
何もかもが彼の予想したとおりに起こっていて気味が悪いくらいだった。
『へぇ、何だか面白いね君、見た所複数の思念体が君に取り付いているみたいだけれど』
「なっ……そんな事が分かるの!?」
ライアンは驚愕する。
彼女と四元徳たちの会話は思念内の会話であり他者には聞こえていない筈だからだ。
『分かるさ、伊達に僕も感知魔法を使ってるわけじゃないよ……そうだな、少なくとも君以外に三つ、そういった存在が確認できたね』
少しお調子者といった風に話しかけてくる青い竜頭。
『こりゃあ、やり辛そうだな、伊達に頭が五個もある訳じゃない様だ』
そう言いながらも不敵に鼻を鳴らす知恵。
『おい!! そんな会話はいいからさっさとやろうぜ!! オリャあ早く戦いたくてうずうずしてるんだ!!』
深緑色の竜頭が忙しなく蠢いている。
まるで我慢の出来ない子供の様だ。
『うむ、そうだな、緑のいう事も尤もだ……そも我らがここに来たのはそれが目的だからな』
落ち着いた口調で赤い竜頭がそう告げる。
こちらに向けられた鋭い視線は殺意に満ち満ちていた。
『……来るぞ、気を付けろ』
「分かっているわ」
ライアンは身構える。
『一番もっらいーーー!! クイックディスチャージ!!』
何の前触れも無く黄色い竜頭の口から目にも止まらぬ速さの電撃が発射された。
「うわわっ!!」
ライアンは寸での所で体を右側に躱すが電撃が過ぎ去った時に飛び散る放電により左腕が痺れる。
『テメェ!! 黄色の!! また抜け駆けしやがったな!?』
『ヘヘーーーンだ!! 順番なんて決めた覚えないんだけど!?』
深緑と黄色の竜頭がいがみ合いを始めた。
「いたたた……直撃はしなかった筈なのに……」
『電撃魔法は見た目以上に効果範囲が広い、気を付けるんだ、こっちからも仕掛けるぞ』
「了解!! あっ、あれ……?」
ライアンは勇気の剣を鞘から抜き放ち両手で構えようとしたが左手に思ったように力が入らない。
『してやられたなゃ、暫く片手で戦うしかねぇ』
「分かったよカレッジ!!」
ライアンは走り出し一気にドグラゴンの懐に入り込む。
「やぁ!!」
そして奴の右足にすれ違い様、横一文字に一太刀入れた。
「ううっ……硬い!!」
金属の塊に斬り付けたかのような強い反発で剣が弾き返された。
衝撃で右手も痺れを感じてしまう。
『ガハハッ!! 無駄無駄!! そんなちゃちな剣で俺たちの身体に傷を付けられると思ったか!? 愚か者め!!』
尊大に深緑の竜頭がライアンを蔑む。
『片手では無理だ、左手の痺れが引くのを待って鱗の隙間、関節を狙え』
『そうはいかないのよね、ランブルスパーク!!』
再び黄色の竜頭が開口しその状態から少し規模の小さな電撃を複数高速で乱発してきた。
「ちょっと!! どうするのよこれ!!」
避ける範囲の狭い密集と高速の発射速度の電撃がライアンを襲う。
ライアンは躱す事しか出来ない。
「いつつっ……」
流石に全ては躱し切れずに数発の電撃を肩や脚に喰らってしまった。
思わずその場に跪いてしまった。
『馬鹿!! 止まるな!!』
「えっ?」
『ファイアブレス……』
赤い竜頭の口から吐き出された凄まじい業火が足を止めたライアンに襲い掛かる。
「きゃあああああっ……!!!」
ライアンの姿は灼熱の炎に飲み込まれるのであった。