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Unmatching!!  作者: joi
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第7話

 阪多駅を抜け出した僕はちはるさんを連れて、バス停に向かった。遊園地行きのバスは10分置きにくるが、日曜だけあって人が多い。蛇のような列の最後尾に並んだものの、次のバスには乗りきれないだろう。


 チラリと隣を見やる。栗色の髪はカールのかかったセミロングで、全体的にふんわりしていた。薄ピンクな唇が時折小さく動き、目が釘づけになる。マッチングアプリの写真よりもずっと可愛い。さっきから心臓がバクバクしている。


 ちなみに、駅からバス停まで歩いている途中も、男性の視線が幾度となく彼女に向けられていた。僕が彼女を特別視しているわけじゃない。誰が見ても、やはり端正な容姿をしているのだ。


 「バス停、普通に混んでますね」


 ちはるさんが背伸びして蛇列の先頭を見ようとする。可愛い。声の調子を整えてから、言葉を発する。


 「遊園地まで乗り換えなしで行けるのは56番のバスだけなんですよ」


 「乗り換えありの行き方もあるんですね。到着の時間が変わるんですか?」


 「大して変わらないです。でも乗り換えなしの方が楽ですから」


 「それにしても列長いですよねぇ」


 ちはるさんは右手首の腕時計に視線を落とす。下まつ毛が長い。


 バスがきて列が動いたが、僕らの手前で乗客いっぱいとなった。次のバスがくるまで、もう10分待つことになる。


 ちはるさんが小声で僕に話しかけた。


 「乗っちゃいません?普通にまだいけそうですよ」


 実際は乗れそうにない。乗客から白い目を向けられること間違いなしだ。


 「次を待ちましょう。時間ならいくらでもありますし」


 「んー」


 すると、ちはるさんがバスのドア手前に立っている初老の女性に声をかけた。


 「すいません、あと2人入っても良いですか?」


 女性は少し眉をひそめたが、仕方なさそうに空間を作ってくれた。ちはるさんが「ほら」と僕を手招きする。僕は無言で頷き、彼女についていく。


 何だか急かされているような感覚だ。それとも、彼女は思ったよりもせっかちなんだろうか。



 ぎゅうぎゅうのバスに揺られ、終点の遊園地に辿り着く。ちはるさんとの密着で、すっかり汗をかいてしまった。額の汗をハンカチで拭いながら長い息を漏らす。すると、ちはるさんが小さく頭を下げた。


 「すいません、無理言っちゃって」


 「あー、いやいや。全然」


 明らかに低い声で応対してしまった。慌てて作り笑いを浮かべるが、上手くできている気がしない。


 僕らは無言で遊園地の門を潜った。券売所へ向かおうとすると、ちはるさんが首を傾げる。


 「ここの遊園地って、前売り券ありませんでしたっけ」


 「確かありましたね。買ってないですけど」


 「あ、そうなんですねー」


 ちはるさんが何度も頷きながら、ゲートの方を眺める。僕は「買ってくるんで待ってて下さい」と伝え、券売所の列に並んだ。


 列の進みは緩やかだった。こんなところで焦る予定なんてなかっただけに、一歩一歩が重たく感じる。


 前売り券を買わなくとも、話しながら並べば良いだろうと考えていた。でも、ちはるさんの思惑とは違ったらしい。


 5分の待ち時間に耐え、2人分の入場券を買う。小走りでちはるさんの元へ戻ると、彼女はスマホを見ていた。僕を見て口角を上げた彼女は、軽く会釈する。


 「あ。ありがとうございますー。じゃあ行きましょうか」


 「待たせちゃってすいません。行きましょう」


 彼女の斜め前ポジションを掴んだ僕は、ゲートで半券を千切って係員に渡す。スムーズなところを見せて、挽回していかなければならない。


 「クスさん、ちょっと待って」


 後ろから呼び止められて振り返る。ちはるさんが半券千切りに苦戦しており、後ろが詰まっていた。


 「だ、大丈夫ですか」


 思わぬトラップに声が上擦る。係員がちょうど別の客の対応をしていて、ちはるさんが放置となっていたようだ。


 ちはるさんから半券を取ろうとすると、彼女は「大丈夫!」と強めに断った。なら僕はどうすれば良いんだ。


 半券の点線に沿って千切っていくちはるさんだったが、半分終えたところでビリッと乱れて歪な形になる。彼女は唇を小さく噛んだ。


 ようやく手の空いた係員が「破けても大丈夫ですよ」と歪んだ半分を回収する。ちはるさんは「すいません」と頭を下げ、スタスタと歩いていく。僕は慌てて声をかけた。


 「ごめん、ちはるさん。僕が先に切っておくべきでした」


 ちはるさんは立ち止まり、背中越しでも分かるくらいに深呼吸した。振り返った彼女の表情は、至ってシンプルな笑顔だった。


 「私も不器用なことを先に伝えておくべきでした」


 「そんなことないです。じゃあ行きますか」


 揉めごとにならなかったことに安堵しつつ、気を引き締めた。


 さすがの僕でも、自分がここまでで何度もミスを犯したことに気づく。重要なのは、ここからどう巻き返していくか。


 彼女になるかもしれない人とのデートを成功させるために、僕は今日ここ最近で一番集中する必要があった。


*****


 試練の数は僕の想像を超えて多く、そのほとんどを取りこぼした。


 「なんか寒い」と両手を擦り合わせたちはるさんに「でも日中は18度まで上がるそうですよ」と返したところ、溜め息が聞こえた。


 最初の行き先として指定したジェットコースターの待ち時間が40分だったが強行し、ちはるさんの手洗いを我慢させた。


 昼食として菓子パンを準備していたが、ちはるさんはレストランに行くのだと思っていたらしく、微妙な空気に。結局、吹きさらしのベンチで菓子パンを食べた。


 空中ブランコに乗ろうとしたが、点検中だった。ちはるさんは脚をさすったり屈伸したりしていたが、僕は「時間空いたし何か乗ろう」とコーヒーカップに乗った。


 休息としてソフトクリームを買ったものの、ちはるさんは「寒いから大丈夫」と微笑を浮かべながら断る。代わりのものを薦めたが、大丈夫の一点張りで僕だけの休息となった。


 上手くいっている気がしない。ちはるさんの口数も最初に比べると目に見えて減っている。何とかしなければ。夕陽が眩しくなってきた園内で、僕は本日最後のアトラクションを見上げた。


 「ちはるさん、観覧車に乗りませんか」


 一個一個の箱が電飾で色鮮やかに光り、見る者の関心を引き寄せる。遊園地のシメのアトラクションといえば観覧車と思わせる魅力を周囲に撒き散らしていた。


 コクリと頷いたちはるさんを連れて観覧車の列に進む。空いた箱に人を入れる作業なので、順番は早く回ってきた。僕らは緩やかに降りてきた箱に乗り込む。


 お互い左右に座り、箱のバランスを取った。等速で上昇していき、地上が遠ざかっていく。ちはるさんは硬い背もたれに寄りかかり、ボーッと景色を眺めていた。夕陽を浴びた彼女の肌は陶器のようにきめ細やかで、思わず魅入ってしまう。


 「ちはるさん、今日はありがとうございました」


 ちはるさんが僕に身体を向け直し、「こちらこそ」と会釈する。


 やがて、箱が頂上手前に行き着く。タイミングは今か。僕はゆっくり立ち上がる。すると、ちはるさんが目を見開いた。


 「え、どうしたんですか?」


 「隣にいこうかと思って」


 「たぶん普通に箱が傾くんじゃないかな」


 「そっと動けば大丈夫ですよ」


 「でも怖くないですか。とりあえず座った方が」


 「頂上、一緒に見ましょうよ」


 「とりあえず座っとけって言ってんだよボケ」


 一瞬、思考が止まった。けれど、聴覚が認識した言葉を反芻していくうちに、背筋が強張っていく。


 屈んだ姿勢で立ち尽くした僕を、ちはるさんは氷点下の眼差しで見つめていた。


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