第4話
『プロフィールを見て下さりありがとうございます!クスです。
好きな人と美味しいご飯食べたり、楽しく話したりしながら過ごしたいと思ってアプリを始めまし
た!
普段は大学で広報誌を作ったり友達と駄弁ったり、バイトしたりしてます。居酒屋でバイトしてるん
ですが、そろそろ別のバイトしてみたいなと思ってるので、オススメあれば教えてほしいです。
1人で過ごす時間も好きなので、お互い自分の時間を大事にできる関係だと嬉しいです(^^)
まずはお友達から、よろしくお願いします!』
「……クス、将来の夢は詐欺師か?」
4畳半のアパートの一室で、本城先輩は顔をひきつらせる。彼にマッチングアプリのプロフィールを読んでもらったところ、一言目がそれだった。半ば想定した反応だったが、慌てて否定する。
「大学で広報誌作ってる話とか1人で過ごす時間が好きとか、嘘は書いてませんよ」
「楠橋一利らしさが0.2ミリくらいしか出てないっちゃ。薄っぺらい。そして突き抜けない。安全領域で日和ってるんやないの」
「淡々と言われると心に染み込んでくるんで勘弁して下さい」
本城先輩の部屋は、古本屋で買い占めた漫画や新聞の切れ端、図書館で借りたまま返していない画集といったアイテムで占拠されている。
唯一座れるのは、本城先輩の定位置であるデスクトップパソコンの手前だ。僕は彼から貰った飲みかけのペットボトルを軽く握る。
「マッチングアプリの強みは、オンラインだから情報を操れることだと思うんですよ。顔が見えないから、まずは興味を持ってもらわないといけない。そうやってみんなが情報操作しているのに、僕だけが正直ベースで戦うなんて馬鹿らしいじゃないですか」
「だからってゴテゴテに盛ったら、会ったときに『こいつじゃない』ってなるんやないの?」
「そのときはしょうがないんで、別の人を探しますよ」
「無限ループにハマりそう。ま、良いんやない。毎回オレに見せてくれるけど、別に文才あるわけじゃないし、オレから言えるのは感想くらいよ。ていうか、オッケーサインが欲しいだけやろ?」
僕は本城先輩にスマホを返してもらい、代わりにチューハイ2本を差し出す。彼は「おっ」と少しだけ目を開き、早速プルタブを開けた。ユニクロのグレーニットも無精ひげもすっかり伸びきっていて、目の下のクマも相変わらず濃い。
けれど、喉を鳴らしてアルコールを摂取している先輩はなぜかカッコよく見える。
一気に半分ほど飲み干した先輩は、口元を拭った。
「やり過ぎない程度に楽しめば良いさ。オレから言えるのはいつだって変わらん。今の時点でクズみたいな思考してるんだから、これ以上クズになるなよ」
的確な助言を与えてくれるところが、先輩たる所以だ。
*****
町はずれの高台にあるアパートに帰って、速攻でテレビをつける。
2日後の番組表を表示し、黒崎理子ちゃん――チャンリコが出演するバラエティ番組を録画予約した。その日は居酒屋の夜勤に行くから、途中までしか見られない。
さらに、スマホでチャンリコのSNSを開いて出演番組を確かめて、予約を追加していく。日常の必須業務だ。
ある程度作業が終わり、録画していたチャンリコ出演のドラマを再生する。地方アイドルユニット『DACCHA』が注目されるようになったきっかけは、チャンリコの多数メディア出演だ。
女性雑誌の専属モデルを皮切りに、映画やドラマ出演、バラエティ番組のゲストといった活躍により、彼女の所属元である『DACCHA』を知る人が増えた。
刑事ドラマの被害者役を演じるチャンリコは、トレードマークである紫色のポニーテールではなく、黒髪のボブカットで女子高生姿というナチュラルな見た目に変身している。
筋トレが趣味と公言している彼女がブレザーを着ると、スタイルの良さが滲み出過ぎるのがネックだ。とびきり似合っているはずなのに、1周回ってコスプレに見えてしまう。
「そういえばチャンリコがお好きな今期アニメの最新話見てなかった乙」
チャンリコがSNSでその話題を呟いていたのを思い出した。マッチングアプリはチェックするとして、あとは本職に時間を捧げよう。
ドラマのエンディングテーマが流れ、アニメに切り替えるまでの時間でマッチングアプリを開く。自分のプロフィールを見にきてくれた女性を確認し、メッセージを飛ばしておいた。
気になった人に片っ端からメッセージを送るのは、人としてどうかなと感じることはある。
けれど、マッチングアプリは生真面目に取り組むほど損をする。かなりタイプの人でも、マッチングしなければ男の一方通行で終わるのだ。
まずは会話を成立させること。気になってもらうこと。幸い、僕にはチャンリコという運命の相手がいたこともあって、倫理的な障壁はすぐに乗り越えられた。
とはいえ、本当に誰でも良いわけじゃない。いくら男性が商品側であるといっても、僕にだって選択する権利はある。僕はメッセージ送信履歴をタッチすると、目当ての女性を見つけた。
ユーザー名『クーコ』さんのメイン写真は、全体をぼかした自撮りだった。僕が気になったのは、プロフィールだ。
趣味は筋トレとアニメ鑑賞、好きな食べ物はパフェ、カエル好きで飼育経験あり、カラオケ好き。他にもいろいろ書いてくれているが、チャンリコの特徴にだいぶ近いのだ。
サブ写真を見ると、チャンリコが好きなスポーツブランドのジャージだったり、飼っているらしきカエルだったり登録されている。偶然とはいえ、これだけチャンリコっぽい人なんてなかなかいない。
昨日クーコさんを見つけてメッセージを送ったものの、まだ返信はない。いつも通りのパターンかと思うと悲しいが、できれば話してみたかった。
そのとき、急にピロンと通知音が鳴って、画面が徐々に白くなっていった。
「ちょ待てよ何なん」
親指で画面をタップしまくっていると、ピンク色の枠が広がった。『マッチングが成立しました!』というポップと、自分の写真の隣に浮かんだ見知らぬ女性の顔写真……。
「お、おおおお……!?」
もっと画面を見ていたかったが、親指の連打が効きすぎてホーム画面に戻ってしまった。いやいやちょっと待ってくれよ今の画面もうちょっと見ていたかったんだけどどうやって開けば良い?
目を凝らしてみたら、ホーム画面下のタブにある『メッセージ』が点滅していた。そっと触れると、今までまっさらだったトーク画面にトークルームが生まれている。
表示されたユーザー名は『ちはる』。恐る恐るトークルームをタッチすると、相手からメッセージがきていた。
『はじめまして!私も美味しいご飯食べるの大好きです!お写真撮ったときは何を食べてたんですか?』
僕はすかさずちはるさんのプロフィールを見に行く。メイン写真が目に飛び込んで、思わず息を呑んだ。
茶髪のセミロングに端正な小顔が印象的だった。白いパーカーにストライプのロングスカートという出で立ちで、ファッションモデル風に立っている。可愛い。
もしや釣りなのでは、と疑うほどに可愛い人だった。というか、本当にただの釣りかもしれない。
少し長めのプロフィールを秒で読み込む。居住地からして恐らく他大の大学1年生で、趣味に映画鑑賞や読書、アニメが入っている。他の男性ユーザーからの『いいね!』数は軽く1,000件を超えていた。明らかに人気ユーザーだった。
「……釣りじゃね?」
マッチングアプリを始めて分かったことがある。それは、他のSNS同様に、『良いね!』数の多い上位ランカーがいるということだった。
彼女たちが本当に彼氏を作る気があるのかどうかは分からない。知名度や承認欲求のためにやっているユーザーは一定数いるだろう。それは男も変わらない。
ただハッキリしているのは、『いいね!』数の多さに由来する魅力を有しているということだ。
いろいろな女性のプロフィールを拝見してきて、『いいね!』の平均値は200から400くらいではないかと思っている。そう考えると、ちはるさんは確実に多い。
人気ユーザーからのメッセージに、僕はトークルームを表示したり消したりと指を忙しく動かした。
しまった。そういえば、相手とのトークは某有名SNSと同じく、既読マークがつく。
普段、大学で友達と連絡を取り合っているのとは違うのだ。何としても1時間以内……いや、30分以内に返信しないと!
もうダメ元だ。せっかくメッセージを送ってくれたのだから、返すだけ返してみよう。ダメでも別の人にアタックすれば良い。マッチングアプリで特定の誰かに想いを注ぎすぎるのは、お金の無駄になる。
最初のやりとりが重要だ。生の会話と違って、電子上のトークは途切れやすい。初めて掴んだチャンスを無駄にすることだけはしたくなかった。
質問型のメッセージで本当に助かる。とりあえず回答すれば良いからだ。確か、この写真を撮ったときは小森江ととんかつを食べていた。
正直に書こうか、もう少し洒落たものを食べた設定にしようか……。
「設定一択だろ常考!」
もし一緒にご飯を食べに行くことを想像した彼女に『とんかつ』というキーワードをぶつけたら、ガッツリご飯系になるだろう。
四方八方にメッセージを飛ばしていたのが嘘のように、僕は一文字一文字を大切に打ち込んでいた。
『初めまして!返信ありがとうございます。写真を撮ったときは友達とミスドに行って季節限定のドーナツを食べました!ちはるさんの写真にケーキありますが、お好きなんですか?』
とんかつもドーナツも揚げ物だからニアピンだろう、という解釈でイメージ操作を図った。
自分の中のタイムリミットまで5分を切っている。文章はおかしくないか。誤字はないか。女友達と話しているのとは訳が違う。何度も確かめた上で、送信ボタンを押した。
トークルームに自分のコメントが表示される。ふと目がしょぼしょぼしていることに気づき、スマホを機内モードにした。
人気ユーザーからしたら、初めての男に話しかけるなんて新規開拓程度でしかないのだろう。誰かと意志疎通ができただけでも、半ば充足感を覚えていた。
目薬を差して、とっくに終了していたドラマを閉じてチャンリコの好きなアニメを再生する。だが、内容が頭に入ってこない。オフラインにしたスマホが気になってしまう。
「我慢できるか!」
アニメの一時停止もせずに、スマホを手に取った。機内モードをオフにするとすぐにインターネットが自動接続され、通知音が連発する。その1つに、『KuruMira』があった。
アプリを開くと、トークタブに新規コメントを示す①が表示されていて、心臓辺りがドクンとなる。ちはるさんからの返信だった。
『こちらこそ返信ありがとうございます!さつまいもドですか?私は4種類全部食べました(爆)ケーキ好きですよ~写真は友達の誕生日用に作ったんですけど、砂糖入れすぎちゃいました(笑)』
「情報操作グッジョブ!」
メッセージのやり取りができた喜びと、次の返信を考えなければならないという圧力で、アニメを見る余裕は完全になくなっていた。