第28話
福間さんが相手で良かったと安堵しつつ、今後の対応策を考える。オープンセレモニーのスケジュールはほぼ固められている。今から何かをするとしたら、完全にゲリラだ。
チャンリコに軽音部のライブに乗り込んでもらうのはどうだろう、と考えて速攻切り捨てた。プロに食われるアマという光景が目に見えるし、何より僕が軽音部に恨まれる。
広報班の部屋に戻ると、三四朗さんが消えていた。僕のデスクトップに付箋が貼られていて『文化祭に誘いました』という一文が踊っている。何だか自分のことのように嬉しい。
僕もどうにかしてチャンリコをオープンセレモニーに出させる手段を考えねば。うんうん唸りながら考えて、ふと素朴な疑問に行き着いた。
そもそも、海老津はオープンセレモニーにくるのか?
女の子目当てと公言しているから、当然くるものと考えていた。でも、オープンセレモニーにくるかどうかは別問題じゃないか?
僕はスマホで海老津を呼び出した。2コール当たりで相手が電話に応じる。
『おうクス。どした?』
「海老津って学祭のオープンセレモニー出るの?」
『へ?出ないよ?言ってなかったっけ。俺、1日目はサッカー部の試合。だから2日目から疲れを癒しに女の子と遊ぶんじゃーん』
自分にナイス判断と賛辞を贈りたい。危うく、標的のいないステージにチャンリコを送り込むところだった。
海老津との電話を切って、さてどうしたものかと再び思案する。
チャンリコが要求してきたのは1日目のオープンセレモニーだ。でも、海老津はいない。ちはるの目的を達成するにあたり、このアンマッチを調整する必要がある。
僕はデスクトップの文書ソフトを立ち上げ、課題と解決案を書き殴っていった。その中で、少しずつ打開策に近づけていく。
海老津には重たい文化祭初日になってしまうかもしれないが、許してほしい。いろいろとまとまってきた流れを読み返した僕は、もう一度海老津の電話番号をプッシュした。
*****
豊中大学の文化祭初日、僕は本城先輩の運転するバンに乗って阪多駅前のロータリーにいた。
運転席でハンドルに寄りかかる本城先輩は、欠伸を噛み殺しながらミラー越しに尋ねてくる。
「オレの実家にバンがあるなんてよく憶えとったな。あとオレが免許持ってることも」
「意外過ぎて逆に憶えてました」
「でもチャンリコは良いんかね?こんなボロいバンで現場入りしちゃって」
「めちゃくちゃ頭下げたら許してもらえましたよ」
「……めちゃくちゃ頭下げさせる程度には嫌なんやない?」
やがて、バンの後方に黒塗りの車が停まる。紫色のポニーテールが特徴的な長身の美女が外に出てきた。周囲の目を引く彼女は、前に停まるバンのドアを勢いよく開ける。
「メジャーデビューしたときの修業時代を思い出すし」
「チャンリコさん、お疲れ様です!」
隣に座ったチャンリコにタピオカ入りのポタージュラテを差し出す。最近、偏食家の間で話題になっているゲテモノだ。彼女は無言で受け取ると、すぐにストローを挿して飲み始める。
「……悪くないし。クズ、トレンドをリサーチする姿勢は認めてやるし」
「光栄です!」
本城先輩は「そいじゃ行きまっせ」と気怠そうに声をかけ、バンを走らせる。中心街を抜け、国道を横切ると、海岸沿いの大通りに出た。そこを道なりに真っ直ぐ進む。
ポタージュラテを飲み干したチャンリコは、車窓を眺めながら平坦な声を発した。
「まさか土手沿いのサッカー場でライブとは、デビュー当時だってそんなこと一度もなかったし」
「ご安心下さい。ライブ映像は大学構内に設置したパブリックビューイングで学生にも見えますから!」
オープンセレモニーでライブ中の軽音部の部室に、チャンリコのパブリックビューイング会場を作らせてもらった。軽音部に毎日頭を下げて懇願した結果、定員30人までで1曲目のみの限定配信という条件で承諾してもらえたのだ。モニター等の機器は、福間さんの協力で準備ができた。
チャンリコの生ライブ会場に関しては、誰にも伝えていない。それを話したら、構内の学生がもぬけの殻になるかもしれないからだ。
途中、海岸沿いのコンビニに寄って、ちはるを拾う。彼女は助手席に座ると、後方のチャンリコに会釈した。
「今日はありがとうございます。急な話だったのに」
「アタシが好きで勝手にやってるだけだし。ていうか、どうする?試合後に歌ってクズ男くんの紹介って感じ?」
僕はチャンリコに説明する。
「海老津には、自分のファンのチャンリコさんが、自分のために歌うという設定で伝えてます。なので、チャンリコさんには2曲目にこの曲を歌ってもらいたいなと……」
デイパックから歌詞が書かれたA4用紙を抜き出し、チャンリコに示す。彼女は無言で歌詞を読み込み、溜め息を吐いた。
「アタシにこれを歌えと?」
「お願いします」
「やっぱパブリックビューイング、止めた方が良いんじゃない?」
「パブリックビューイングで流すのは1曲目までですから大丈夫です」
2曲目は、『DACCHA』 のデビュー曲に僕が考えた歌詞を乗せた替え歌だった。僕が知り得る海老津の色恋沙汰を、メロディに合わせて歌詞に落とし込んだ。
僕の予想では、ちはると僕の関係を知ったところで海老津は動じない。彼は彼女をとっかえひっかえする玄人だ。1人1人に構っているとは考えにくい。
だから歌詞を通して、海老津に反省してもらおうと考えた。ちはるや今までの元恋人のような相手を今後出させないためにも、海老津に自分を知ってもらいたかった。
豊中大学から車で30分程の距離にある、河川沿いのサッカー場に到着する。本城先輩は「ここで待ってるわ」と言ってリクライニングを倒し、眠りについた。いつも通りの寝不足だろう。
サッカー場に向かうと、すでに試合は後半ラスト15分に差し掛かっていた。フォワードの海老津が敵チームのゴール前で仲間とラリーを続け、ゴールの一撃を窺っている。
僕はサッカー場の手前に設置中の即席ライブ会場に足を運ぶ。チャンリコの指揮下にある事務所の社員さんたちが、せっせと即席会場の設営に勤しんでいた。
すると、サッカー場からどっと歓声が沸いた。遠くから聞いたことのある声の咆哮が聞こえてくる。近くまで寄ってみると、決勝点を決めた海老津が仲間に頭をわしゃわしゃされていた。
そのまま試合はアディショナルタイムに突入したものの、大きな動きはなく、豊中大学サッカー部の勝利となった。
すでにライブ会場の準備はできている。チャンリコもステージに上がった。福間さんからパブリックビューイングの準備は整っているとの一報ももらっている。
ステージに立つチャンリコを見つめていると、隣に人が立つ気配を感じた。ちはるが僕と同様、ステージを見ていた。
「ちはるは何もしなくて良い。全部、チャンリコが曲に乗せてくれる」
「あんたは大丈夫なの」
「え?何が」
「友達を売ることになるのよ」
試合で勝利を収めて気分の良い友人を現実に叩き落とすというのは、確かに気分の良い話ではない。でも、決めたことに変わりはなかった。
「暫定的でも、恋人が優先だ」
ちはるはフッと口元を緩め、僕の脇腹を軽く小突いた。




