第26話
チャンリコが豊中大学の文化祭1日目に行われるオープンセレモニーに出ようとしている。それ自体は神イベントだ。最高としか言いようがない。
でも、文化祭って今週なんだけども。運営部末端の広報班に過ぎない僕が、文化祭本部に直談判しろと?
髪の毛を触りながらもじもじしている三四朗さんの姿を捉える。彼の決断を無駄にはできない。でも、何だこの指示は。無茶ぶりにも程がある。
「申し訳ないけど今からじゃ無理だ。協力してくれるのは本当に嬉しいけど、別の機会を狙ってもらって……」
『そっか~残念。もしライブ枠取ってくれたら、ハグしてツーショット撮ってやるって言ってたのに』
「全力で対応いたします」
……しまった!あまりにも魅力的な条件だったから、つい呑んでしまった。小森江が矢継ぎ早に『さすがクスさん!じゃね~』と電話を切る。完全にやられた。アホか僕。
もう一度かけ直そうとして、三四朗さんと目が合った。
「クス、小森江さんは電話中だった。今日は様子を見ておこうかな……」
「いやいや三四朗さんまだ諦めるのは早いですよ今かけましょう今!」
「わ、分かった。もう一度かけてみよう」
僕の気迫にたじたじになった三四朗さんは、震える指先で番号をタップする。やがて電話が繋がったらしく、彼は背筋をピンと伸ばして「も、もひもひ!」と思いきり噛んだ。
無事に会話を運べているようだ。三四朗さんは身振り手振りを加えながら必死に話していて、時折笑顔も見られた。何だか安心してくる……。
違う!全然安心できる状況じゃない!僕は電話帳からちはるの番号を探し当て、臨戦態勢に入る。彼女は4コール目で「はい」と応じてきた。
「楠橋だけど。今ちょっと大丈夫?」
『用件によっては忙しいということになるから、とりあえず主題を伝えてもらえる?』
こいつ、どうでも良い話と判断したら速攻で切るつもりだ。改めて僕らはつき合っているけど好き合っていないんだなと感じる。
「小森江経由で、チャンリコが文化祭のオープンセレモニーに出たがっている話を聞いたんだ。あれ、本気?」
『本気よ。黒崎さん、文化祭は1日目の午後だけ空いてるみたい。マネージャーさんには話を通していて、黒崎さんの独断だからギャラは不要だそうよ』
「そうじゃないとさすがに困る。今も絶賛困り果ててるけど」
『私は別のやり方をお願いしたんだけど、黒崎さんが乗り気で』
電話越しのちはるも、どこか困ったような声音だった。チャンリコの唐突な方針に対する戸惑いか、急な役割を背負わされた僕に対する負い目か。
チャンリコは必ず思惑を持っている。人生設計を組み、『DACCHA』を飛び越えて仕事を勝ち取っていくくらいに野心が強いから、無償の仕事なんてしないはずだ。
ギャラはいらなくても自分が満足できる仕事をしようとしている。チャンリコは以前、ドキュメンタリー番組で『みんなを楽しませるためには、まず自分が楽しむこと』という座右の銘を話していた。その法則に則ったライブにしてくれることを願うしかない。
「教えてくれてありがとう。とりあえず、ツテを使って運営部に交渉してみる。正直、僕もチャンリコのライブが観られるチャンスを逃したくないし」
『……ありがと、そう言ってもらえると安心する』
「本音だよ。追っかけを止めてもファンには変わりないから」
通話を切ると、三四朗さんはまだ小森江と会話していた。
さて、課題が発生した。でも期限は決まっている。あとは僕にできることをやるまでだ。
僕はデスクトップ上に起動中の大学だより『ちくわぶ』を見据える。まずは、こいつを20分で終わらせよう。




