第25話
今週の金曜日、ついに豊中大学の文化祭が開催される。僕は大学1号館にある広報班の作業場で、大学だより『ちくわぶ』の最終チェックをしていた。
先々週、シシブさんからもらった出店希望リストを参考に、紙面に載せるサークルや部活にアポを取って取材を行い、記事を書いた。
学長の挨拶文やイベントスケジュールを載せ、イメージ写真をつけて運営部の決裁が下りれば全て終わるはずだった。僕はデスクトップ上の4コマ漫画を睨みつける。
スポーツ刈りになった三四朗さんが、本城先輩の作品を覗き込んだ。今日も三四朗さんは広報班の部屋に侵入し、写真部のデータを僕のパソコンにバックアップしていた。
「ペンネーム『アニジャ』の新作か。毎月発行しているのに構内で空気扱いの『ちくわぶ』が、文化祭の号外だけ物議を醸す。その要因を今年も放出するのか、お主」
「仕方ないじゃないですか。先輩、今年も頑張っちゃったんですから。ていうか三四朗さん、頭は大丈夫ですか」
「失敬な奴だな、お主は。別に何もおかしくないだろう」
「スポーツ刈りがめちゃくちゃ似合ってないんで驚いてるんです」
「でも男っぽいだろう?」
海老津を『男の器』として師事する三四朗さんに、周りの声は届かないのだろう。僕はもう諦めた。
結局、4コマ漫画は『ちくわぶ』に掲載することにした。運営部が疑義を出してくれれば良いのだが、あいにく豊中大学の大学だよりに対する拘りは誰も持ち合わせていない。
「ぼくは『アニジャ』の漫画、気に入っておるぞ。お主の先輩が描いたのだろう、伝えておいてくれ」
「分かりました。でも褒めたら、本人取っ捕まえて死ぬほど感想絞り出させるんで止めておきましょう」
「……それは恐ろしい方だ。ぜひとも会いたくないな」
身震いする三四朗さんは、髪型を除いて今日も癒し力340%だった。僕はスキャンしてデータ化した4コマ漫画のサイズを調整しながら、三四朗さんに話題を持ちかける。
「そういえば、小森江とどこか遊びに行ったりご飯食べに行ったりしないんですか?」
「へっ?お、お主は何をそんな唐突に」
三四朗さんの声が思いっきり裏返り、耳があっという間に赤くなる。そんなピュアな反応をされると、こっちまで緊張してくるんだが。
「この前、僕のお祝いで一緒にご飯食べたじゃないですか。あのとき三四朗さんがやけに小森江のこと気遣ってたから」
「あ、いや女の子だしな!野郎だけの飲み会で気を悪くしないでほしかったというのが正直なところだよ何か気になることでもあったかな?」
「気になることしかないんだよなあ!」
「な、何もないぞ!失礼な後輩め!小森江さんのことなんて何も……うん、何もない!」
大嫌いな青汁を飲み干しているような顔で否定されても。僕は作業を止め、隣で顔をブンブン振っている三四朗さんを見上げた。
「この部屋で写真部のデータを僕のパソコンに入れるということは、こういう話をするということです。さあ、三四朗さんは僕と恋バナするか、写真データのバックアップを保存するUSBを運営部に工面してもらうか、選ぶときがきたんです!」
「うううううううう写真取っといてええええええ」
マジか。まさか写真のバックアップを即決で優先するとは……。恋愛初心な三四朗さんを見誤った僕の負けだ。
三四朗さんは窓際に移動し、風に当たる。ずいぶん体温が上がったようだ。
「……小森江さんは憧れの存在なのだ」
この前の飲み会でも、小森江に対して熱い視線を送っていた。憧れとは、また女子高生らしい動機だ。
「小森江さんは行動も言動も見た目もカッコいい。考え方がロジカルで、気さくで凛々しい。魅力的な彼女の隣にいれば、ぼくも変われるかもしれない」
人を好きになる理由は十人十色だ。僕だって、顔が好みだからという理由だけでちはるとつき合っている。何が間違っていて何が正解かなんて、価値観によって異なって当たり前だ。
だから僕から三四朗さんに伝えられることは、極めて少ない。
「小森江といろいろ話してみてはどうでしょうか。三四朗さんもご存じの通り、話しやすい奴ですよ」
「でも、きっかけが見つからないのだ……」
「何でも良いんです。例えば、写真部がスポーツをテーマにした展覧会に参加するから、練習中の写真を撮らせて下さい、みたいな。ちょうど良い理由が見つかれば、誰も気にしませんって」
三四朗さんは勢いよく僕を見ると「お主、その手は良いぞ」と満足げに笑みを浮かべる。活路が見出したとばかりに、その他もいろいろな案が出てきた。
やがて、三四朗さんは自分のスマホを取り出して耳元に当てる。僕が「どうしたんですか」と尋ねると、彼は親指を立ててみせた。
「今から小森江さんに電話する。とても緊張するが、きっかけは自分の力で生み出すものなのだろう?海老津に言われたのを思い出したよ」
その意気だ、三四朗さん。僕は拳を強く握る。小森江、絶対出てくれよ……。
すると、デスクに置いていた僕のスマホが振動した。三四朗さんが『あれ?』と眉をひそめ、自分のスマホ画面を確かめる。
「小森江さんは電話中だ。お主、電話鳴ってるぞ」
裏返しにしていたスマホを見てみる。僕は画面に表示された相手の名前を見て、表情に出そうになった。
小森江が僕のスマホに電話をかけていた。タイミング悪すぎるだろう。僕は努めて平静に通話ボタンを押す。
「あ、はい。もしもし」
『やっと出たー。クスさん、今トイレだった?』
僕はスマホの音量ボタンをまさぐり、最低限聞こえる程度に落とす。
「バイブに気づいてなかっただけだよ。どうかした?」
手短に終わらせよう。せっかく三四朗さんが勇気を振り絞って連絡を試みているんだ。僕との会話なんかどうでも良い。小森江、無理を言うけど察してくれ。
こちらの状況など全く知らない小森江の声は、非常に能天気だった。
『チャンリコさんからクスさんに伝言。「金曜日の文化祭のオープンセレモニーに出るから、30分のライブ枠を確保しろ」だって』
いやいや、何を言っているんだ?




