第24話
小森江が両腕を上げて大きく背伸びする。
「私も気持ち的に疲れたー。帰ろ帰ろ。じゃね」
そのまま僕らに背を向けて歩き出す小森江に、ちはるが慌てて「雫!」と呼び止める。振り返った小森江の横顔が、夕陽に照らされて読み取りにくい。
「雫、今度ちゃんと話すから」
「あー、うん。とりあえず相手が私の知り合いで良かった。クスさんくらいのヘタレなら私でもどうにかできるし」
今度こそ小森江は手をヒラヒラさせて歩いて行く。ちはるは小さくなる背中を見つめながら「バイク置き場まで何キロあるか分かってるのかしら……」と呟いた。
大通りで、僕らだけの静寂が続く。この膠着を終わらせるには、対話しかない。でも、何から説明する?経緯の切り口に迷うが、流れる時間の惜しさに僕は見切り発車を決めた。
「いったんどこかに入らないか?」
ちはるは無感動な瞳を僕に向けて「いったんね」と頷いた。
バスで阪多駅まで移動して、駅に接続するデパートのカフェに入った。店内はショッピング終わりと思われる老若男女で賑わっている。
お互いにブレンドコーヒーを頼んで、窓側のカウンター席に座った。さっきのスタバでもコーヒーを飲んだな、とふと思う。でも、甘ったるいメニューを選ぶ気分ではなかった。
ちはるは両手でマグカップを抱えながら、窓の先の歩行者を見つめている。その横顔に見惚れそうになるが、平静を取り戻して言葉を発した。
「今日は本当に迷惑をかけた。ごめん」
ちはるだけなら回避に持ち込めたかもしれない。でも、連れが小森江となると話が違う。友達を心配するのは当然のことだ。
さらに、追い込まれた僕はちはるに庇われた。ぐうの音も出ないほどに僕は愚かだった。
やがて、ちはるが僕をチラリと見て溜め息を漏らす。
「正直、あんたが誰とつき合おうがどうでも良いと思ってたわ。別に好きじゃないし。普通に顔が好みなだけだし。……でも、実際にあんたの隣に女の子がいるのを見たら、なんかイラっとしたの。どうしてだろ」
「僕も最初、小森江を男と間違えたときにモヤモヤした。でも、今ならモヤモヤの謎が分かる」
ちはるは無言で、僕に言葉の先を促す。そして同時に答えを出した。
「「おもちゃを横取りされた気分」」
どうして、こういうときばかり感性が一致するんだろう。底意地の悪さが似ていても全然嬉しくないんだが。
ちはるは口を尖らせ、頬杖を突く。
「契約の内容、ちょっと見直さない?あんたのことでやきもきする時間、もったいないわ」
「右に同じく。チャンリコはもう諦めるけど、お互いプライベートを明かしていない以上、今日みたいなブッキングが最悪だ」
僕らは二言三言の意見を応酬させ、『お互いに本命を探すことは許容される』という項目に、『原則、相手の生活圏外で対応すること』という文言を追記することにした。
何にせよ、まずはちはるの目的——海老津を後悔させることに注力することになる。文化祭が彼女にとってのターニングポイントとなるはずだ。
「ちなみに、ちはるは本命探してるの?」
僕が『KuruMira』で別の女性とやり取りしているなんて、ちはるも想像していなかっただろう。でも、その逆なら大いにあり得る。彼女は『KuruMira』の上位ランカーだからだ。
けれど、ちはるの回答は僕の予想に反していた。
「探してないわよ。そんな気分でもないし」
……クズなのは今のところ僕だけか、なるほど。




