第20話
エンドロールが流れ、キャラに声を当てた声優さんの名前を眺める。三河役に書かれていた『黒崎理子(DACCHA)』の文字を見て、ふと隣に視線を移した。彼女は終始、スクリーンから目を離さなかった。
館内がぼんやり明るくなり、客がごそごそと動き始める。僕は両腕を上げて背中の筋を伸ばし、クーコさんに声をかけた。
「めちゃくちゃ面白……クーコさん?」
紫色に染められた後頭部の髪が、淡いライトに当てられて怪しげに光る。彼女は僕を見上げ、真顔で呟いた。
「お昼行く前に、カフェ行きませんか?」
顔に『感想言わせて下さい』と書かれているのが分かり、僕は「そうしましょう」と答える。彼女と過ごせるなら、何でも良い。
ふと、別の方向から視線を感じた。今日はクーコさんの隣にいるから視線の集中砲火に慣れていたつもりだったけど。
何となく背後の列を見渡す。単に僕がクーコさんとのアンマッチ具合を気にしているだけだ。そんな調子で適当に視線を動かしていると——。
2つ後ろの列で、見慣れた茶髪のセミロングが感情の一切を殺した表情で僕を見下ろしていた。
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ちはるに会うと、いまだに顔をしっかり見ることができない。可愛いからじっと見ていたい欲求と、ガン見し過ぎると気持ち悪がられるという葛藤に苛まれるからだ。
でも、今は別の意味で視線を合わせることができない。それは焦燥と恐怖だ。
固まった僕を見たクーコさんが首を傾げる。
「どうかしましたか?感想の言い合いっこは外でしましょう」
「あ、ああそうですねすぐ出ましょう」
小刻みで頷いてクーコさんを誘導する。重たい視線が後頭部に突きつけられている気がするが、全力でスルーした。
どうしてちはるが館内にいる?今日はランチだと言っていたのに。というか、向こうは最初から気づいていたのか。
でも、僕らは互いに本命を探していても良いと話し合って決めたはず。あんな恐ろしい目を向けなくたって良いじゃないか。
9号館を出てエントランスホールを横切ろうとしたら、クーコさんに肩をトントンと叩かれた。彼女はカウンター脇のグッズコーナーを指差す。
「クスさん、あそこ寄りたいです。アニメショップには売ってない映画館限定のグッズ見たくないですか?」
めちゃくちゃ見たい。でも後方から近づいてくる相手を想像すると、ここに居続けるのは非常にまずい。
僕はクーコさんの目をしっかりと見て、伝えるべき言葉を脳内で並べ立てる。
「クーコさん、限定グッズで欲しいものがあれば……」
通販で調べて全部買います。そう言おうとしたとき、後ろから背中を突かれた。
「ヒィッ!」
びっくりし過ぎて全身が飛び上がる。クーコさんの視線が僕の後ろに向かっていた。
「友達ですか?私より身長高い……」
恐る恐る振り返ると、長身の美青年がニコニコと笑っていた。ただ、羽織っている革ジャンの年季の入り具合に見覚えがある。その背後で、栗色のカールを肩越しでふんわりとさせたちはるが不愛想な表情を浮かべている。
ちはるもマッチングアプリで引き続き彼氏を探していたということか。それなら合点がいく。
ただ、なぜだろう。お腹辺りが重たく感じる。ちはるが新しい彼氏を作ったところで、僕らの関係は期限つきの偽物だ。何も気にする必要はない。でも、モヤモヤする。
「あれ、クスさん?私に気づいてない?」
僕と目線の変わらない美青年が不思議そうに首を傾げた。僕を「クスさん」と呼ぶということは、確実に知り合いだった。
眼前の美青年の顔をまじまじと見て、その正体に気づいてしまう。
「……小森江?どうして彼女と一緒に?」
枯れた声で尋ねると、男装した小森江がちはるの頭をポンポンと叩きながら口元をニヤつかせる。
「中学時代の友達だもん。疑似デートってやつ?ていうか、まさかちはるが今つき合ってるのがクスさんだったなんて……面白過ぎない?」
ちはるが「雫、あんた……」と溜め息を吐き、僕をチラリと見た。恐らく、彼女は僕に声をかけるつもりはなかったのだろう。ただ、隣のデカ女が彼女の制止を振り払った。
クーコさんの平坦な声が僕の耳に滑り込んでくる。
「……クスさんって、つき合ってる人いたんですね」
ああ、詰んだ。僕はクーコさんの顔も見られず、言葉を返すこともできなかった。




