第19話
チャンリコの身長は162センチだ。今、クーコさんはブーツを履いているから僕の目線に迫っているが、脱いだら162センチくらいに収まるだろう。
クーコさんは馴染み深いスマイルを浮かべて、軽くお辞儀する。彼女の動きと共に、香水の甘い匂いが発せられた。
「初めまして。クーコです。クスさんで良かったですよね?」
「はい。いつも応援……いや、初めまして」
「何となく、初めてじゃない気もするんですけどね。いつも話してるからかな」
前にマネージャーっぽい人とチェスト彦崎店にきたからじゃないですか、と聞きそうになって我慢する。急に正体を探るような話をするのは良くない。
「いろいろと盛り上がるポイントが似てるなあと思ってました。映画も一緒に行ける人がいて良かったです」
「ホントそれ!職場の人はアニメに全然興味ないし、地元の友達は全然会えてないし、誰か一緒に観に行かないかなって思ってたところだったんです」
「僕も映画好きの友達なら何人かいるんですけど、アニメに関心のある人は全然いなくて。あ、じゃあ行きましょうか」
さりげなく西館の入り口に手を向けて、一緒に歩き出す。
クーコさんはやはり周囲の視線を我が物にしていた。一歩踏み出す度に鳴るブーツの音が、持ち主の通行を妨げないよう促している。
急に自分の存在が恥ずかしくなってきた。きっと周りから見たら、相当不釣り合いなカップルに見えるだろう。
かたや芸能人の可能性がある美女で、かたや大学デビューに成功して1年半の大学生だ。つき人に思われてもおかしくない。
映画館のホールに入り、無人券売機に予約番号を打ち込む。券売機の使い方はネットで調べた。1分とかからずに出力されたチケットを、隣にいるクーコさんへ渡す。
「凄い、予約してくれたんですね」
「当日買っても良かったんですけど、人気だから席取れないだろうなと思って」
本当はちはるとの初デートの結果を受けて、事前に購入しただけだ。クーコさんは顔をくしゃりとさせて軽く会釈する。
「確かにけっこう人いますもんね。ありがとうございます」
僕の知る限り、こんなに晴れやかな笑顔を浮かべられるアイドルは黒崎理子ちゃん以外に考えられないのだが、周りは気づいているのだろうか。
飲み物やポップコーンは「映画に集中したい」という理由で一致したので買わなかった。僕はクーコさんだけに集中しつつ、指定された9番館に誘導する。
入り口の手前に係員がいて、入場特典のキーホルダーを渡していた。5種類あって、ランダムで渡される。クーコさんが僕にこそっと呟いた。
「私、三河のキーホルダー狙いにいきます」
「5分の1ならワンチャン大丈夫です」
僕らの番になり、係員が「こちらです」と機械的にキーホルダーの入った包みを渡す。中身は後のお楽しみだ。
200人は入りそうな館内は、すでに多くの客で埋まっていた。クーコさんの出現に、男性客の視線が一気に彼女へ飛びかかる。だが、彼女は全く気にした様子もなく、「あっちです」と目的の列を探し出した。
奥から7列手前の真ん中辺りに座る。スクリーンを若干見下ろす位置だ。
クーコさんが入場特典の包みを開き、「あ~」と苦笑した。
「三河じゃなかったか~。クスさんどうでした?」
三河こい三河こい三河こい三河こい三河こい。
三河だった。
僕は努めて冷静に三河のキーホルダーをクーコさんの手のひらに乗せる。
「もし良かったら、どうぞ」
「え、良いんですか!嬉しい~ありがとうございます!」
クーコさんが満面の笑みで三河のキーホルダーを見つめる。偶然よ、ナイスすぎる。
「やっぱりクーコさんは三河推しですか?」
「もちろんダントツです。何といってもあのスタイル。お腹周りの引き締まり方が尋常じゃないですよ」
クーコさんの口が饒舌に回り始める。『好きなことの説明が非情に滑らか』なのは、オタクの特性だ。
「頭脳労働派なのに肉体鍛錬も怠らず、他の宗主候補を出し抜くためならどんな手でも使う潔さ。私、ああいう割り切りのできるキャラが好きなんです。現実で同じようなことをやると顰蹙買いますし、フィクションならではの尖り具合っていうのかな」
僕はうんうんと頷きながら「確かにストイックなキャラですよね」と同意する。クーコさんが「そうなんです!」と両手を動かして何かを表現しようとしている。
「実際、私も仕事だと似たような感じなんですけどね。でもなかなか上手くいかなくて、落ち込むこともあります。でも、三河みたいなキャラに出会うと、やっぱり自分を貫くって大事なんだなって思えますし、頑張ろうってなります。あと美人だし」
ふと、館内が静かになっていることに気づく。いつの間にか予告編が始まっていた。僕がスクリーンを指差すと、クーコさんは我に返ったようにはにかみ、前方を向いた。
……めちゃくちゃ順調じゃないか?今のところ大きな不手際はないはずだ。映画を見終えたら食事に行って、アニメショップでグッズを見て……。あとは細かな気遣いだ。
今思えば、恋愛初心者の僕とデートしてくれたちはるには息苦しい時間を過ごさせてしまった。でも、人間は見て知って学習し、アップグレードしていく。その結果が今なら、彼女には感謝したい。
予告編が終わり、本編が始まる。冒頭は一族の宗主になる直前だった1人が何者かに殺されるシーンだ。約1時間半の映画だったか。
洗練されたシナリオが視覚を通して脳に供給されるが、咀嚼するのに苦労した。
内容が難しいからではない。隣にいる彼女候補への意識が研ぎ澄まされてしまっているからだ。




