第18話
「……オタ活を公言しても馬鹿にされない環境を作るためだ」
ちはるは僕をじっと見て、説明の先を促していた。
「コミュニティの少ない大学生がオタ活をやっているんじゃ効果がない。幅広い交友関係を築いて、周りの流行もチェックして共同体に参画できた上で、僕の趣味を少しずつ公開していく。でも周りは僕を共同体の1人として認識しているから、アイドルオタクの一面もアイデンティティとして受け止めてくれる。僕が求めているのは、その境地なんだ」
ただのオタクは、オタクとしてカテゴライズされる。でも、共同体の仲間がオタクという肩書きを持っていても、カテゴライズ対象にならない。そいつは仲間だから。
だから大学運営部に入り、広報班を希望した。大学だより『ちくわぶ』の取材と称して、大学内のキーマンやサークルのメンバーと知り合い、数々の飲み会や遊びに参加させてもらった。僕はこの1年半で、高校までに知り合った人数の2,3倍の知人を手に入れた。
ちはるは静かに僕の言葉を咀嚼していた。額を指でコツコツと小突きながら「言いたいことは分かった」と頷く。
「あんたは大学に入学してからの1年半で、共同体の参画に成功した。だから今、同窓会に向けて彼女を作ろうと奔走してる。つまり、あんたは自分を変えたかった。高校時代にオタ活を馬鹿にされ続けて、何もできなかった自分を捨てたかった」
「シンプルにまとめるなら、そうかもしれない」
「だったら、今のあんたにとって黒崎理子は本当に必要?」
先週の口論を思い出す。オタ活を義務感でやっているのではないか。ちはるの問いかけは、棘となって喉辺りに刺さったままだった。
ちはるがソファから腰を上げて、僕の前にしゃがんだ。彼女の瞳が薄闇の中でぼんやり光り、僕を捉えて逃がさない。僕は深呼吸の後、白状した。
「……正直、きみに言われた言葉が図星だった。チャンリコの追っかけを止めたら、マドンナの告白を拒否した僕の決断が間違っていたことになる。人生で出会える確率の低いアイドルを優先したお前は愚かだと突きつけられるのが怖かった」
当時の僕の決断が正しかったと証明し続けるために、オタ活を続けていた。いわゆる強迫観念によるものだと気づき始めたのは、大学に入ってからだった。オタ活をしていないときの自分が、思いのほか楽しんでいることを知ってしまった。
今の僕からチャンリコの追っかけを取り除いても、楽しめる生活が目の前にある。それを実感してしまった。
ちはるは僕に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あんたがオタ活を止めても、これまで投資してきたことは無駄にならないし、誰も責めない。もし『あのときのお前は間違っていた』って言ってくる奴がいても安心して。今のあんたの隣には、私がいる。そのマドンナより、私の方が可愛いでしょ」
ニッと笑いかけてくるちはるに、心臓がドクリと動いた。思わずぶっきらぼうに言ってしまう。
「本気でつき合ってない相手にずいぶん優しいじゃないか」
「あんたばっかり私に協力してたら不公平でしょ。それに、努力できる人間は嫌いじゃないの」
ちはるが僕に背を向けて、大水槽を見上げる。ちょうど目の前で、サメとヒラメがのんびりと追走していた。
*****
翌日、僕は阪多駅から徒歩10分の大型ショッピングモール西館入り口にいた。先週、ちはると買い物にきた施設だ。
入り口の壁に貼られた映画の広告を眺める。その中の1つに、今日クーコさんと観るアニメ映画があった。
先ほどから客がぞろぞろと館内に入っていくのを見て、大方アニメ映画の客なんだろうなと勝手に推察する。
先週、クーコさんからの誘いで成立したこの日は、僕にとって最重要イベントだ。チャンリコと似た特徴を持つ彼女だからこそ話題が通じて、この日を迎えることができた。一日千秋というべきチャンスを逃すわけにはいかない。
ちはるに別の女性と遊びに行くことは伝えていなかった。だが、僕らの契約には『お互いに本命を探すことは許容される。
ただし、片方が本命と交際することになっても3か月間の契約は破棄されないものとする』という項目を設けているため、ちはるとの関係は少なくとも3か月間続く。
つまり、クーコさんに会っても、ちはるとの関係に影響を及ぼす要素は想定されていない。
昨日ちはると水族館に行ったとき、今日は友達とランチに行くと話していた。場所は聞いていないが、映画館に行く話はしていなかったから鉢合わせることもないだろう。
クーコさんのプロフィールを再確認する。全体をぼかした自撮りと、チャンリコを意識したような趣味、好物などが列挙されていた。
しっかり読み込もうとして、ふと我に返る。ちはるの件で、プロフィールを鵜呑みにするのは危ないことを学んだ。マッチングアプリは情報戦だ。もしかすると、ゼロベースで望んだ方が相手とよく話せるのではないか。
僕はスマホを閉じた。約束の時間は10時なので、まだ5分ある。深呼吸でいったん落ち着こう……。
「あの〜」
すぐ近くから声をかけられて、目を開ける。正面に高身長の美女が立っていた。その顔を見て、背筋がゾワっとした。
「チャンリ……クーコさん?」
ライトグリーンのジャケットにショートパンツ姿の彼女は、スラリと伸びた脚を交差させ、人差し指を額に当てて神妙な面持ちで呟いた。
「『よく聞け、私が次期宗主の三河だ……』。似てます?」
似ているというより、チャンリコが声を当てているキャラ・三河そのものだった。
ご覧下さり、ありがとうございます。
5月中に完結を予定しておりますので、最後まで追っていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。




