第16話
文化祭まで残り1週間となった。
僕は海老津と構内のドトールで3限までの空き時間を潰していた。サッカーのスポーツ推薦で豊中大学に入った海老津だが、さほど熱心に練習していない。そもそも、豊中大学のサッカー部自体、そこまで強くないという話だ。
海老津はスマホの画面を鏡代わりに使い、ツイストのかかった短髪をセットし直している。
「彼女とは順調なん?」
「うん。文化祭の1日目にきてくれるって」
「ナイス!女の子連れてきてくれるって?」
「一応そのことも伝えたけど、確証はないかな」
今週、ちはるとは買い物に行ったりご飯を食べたりして一緒にいる時間を作った。もう『KuruMira』のプロフィールはアテにしていない。
今日も大学の講義が終わったらちはると落ち合って、水族館に行く予定だ。
海老津がちはるの元カレと知った今、文化祭の1日目はエックスデイだった。少しでも彼の感情を揺さぶるべく、ちはるは事前準備の提案を持ちかけてきた。その任務を与えられたのは、当然僕だ。
「海老津、マッチングアプリ続けてるの?」
「ガッツリやってる。先週の日曜、阪州大学の子とデートしたぜ」
ちはるには絶対聞かせてはならない話だなと感じつつ、話を進める。
「それって、前に推してた人?」
「あー、ちはるちゃん?あの茶髪の美女っぽい子じゃない。小森江ちゃんくらいに背が高くて、胸がこう……ボン!って」
自分の両手を胸辺りに持ってきてジェスチャーする海老津に、危うく南無阿弥陀仏を唱えそうになる。こいつ本当にいつか刺されるぞ。当の本人は楽しそうに説明してくれる。
「スポーツ好きでさ、観戦もするみたいでけっこう趣味合ったんだよね。ま、文化祭には誘ってないけどさ」
「せっかくだし呼べば良いのに」
「だってクスの彼女が女の子連れてくるんだろ?じゃあブッキングするじゃん!」
「爽やかにクズだなぁ。元カノにいつか殺されるんじゃないの」
「女の子は上書き保存ってよく言うじゃん。大丈夫大丈夫。それに俺ってメンヘラっぽい女を嗅ぎ分ける能力に長けてるんだよね。だから別れた後も揉めたことないし」
「全員が全員そうとは限らないと思うけどね。胸に手を当てて考えてみなよ。海老津が別れを切り出したとき、悲しい顔をした子もいたはずだ」
海老津は僕の話を黙って聞いて、静かに目を閉じた。自分の胸に手を当てて深呼吸すると、手を揉む仕草をしてみせた。ダメだこいつ、一回地獄を見た方が良いかもしれない。
少しして、海老津が「そういや」と目を少し開けた。
「3人くらい前の子も阪州大学の子だったんだけど、別れ際に睨まれたっけか……記憶が曖昧だけど」
恐らくちはるだろう。以前、マッチングアプリで海老津が推していたユーザーも彼女であることには気づいていない。
「確かあのとき、別の彼女作っててスイッチしたんだよな。いや、2人ともどんな雰囲気の子だったか覚えてないけど。顔も……微妙っちゃ微妙かも」
コロコロ変えていたらそりゃ分からなくなるだろうな。1人1人に気合を入れているわけでもなさそうだし。
僕は最後の質問として聞いてみた。
「海老津は、元カノに新しい彼氏ができたら喜べる?」
「喜ぶよ。そもそも顔覚えてないけどさ。全員がそのときその瞬間に別の誰かと仲良くやってるなら良いじゃん。未練がないから、新しい人見つけられたんでしょ?」
……元カレにフッたことを後悔させたくて適当な男を見繕った女の子が身近にいるんだけど、どうすれば良い?
リア充のフットワークの軽さには恐れ入る。でも、人との関わりを通じて悩み苦しみ抜くことを止めなかったから、決定を下す力が鍛えられたのだろう。
まず僕にできることは、海老津に過去を振り返らせることだ。
「海老津が良い奴なのを知っている上で聞いてほしい。今までつき合ってきた人の中で、別れることを悲しんだ人がいないとは限らないよ」
「クス……お前もしかして」
何か勘づかれたか。僕が口元を引き締めると、海老津はケラケラ笑いながら僕の肩を揺さぶった。
「彼女ができていろいろ悟っちゃった⁉︎なんか説きたい気分?いやー俺にもあったよそんな時代!見えてなかったものがいろいろ見えるんだよな!」
こいつが適当なバカで良かった。実際、経験人数豊富な海老津に僕の言葉など届くとも思えないけど、ひとまず布石は打った。
構内のチャイムが流れる。僕は残っていたミルクティーを飲み干して立ち上がった。海老津が「そういや」と口を開く。
「彼女とはちょくちょく会ってんの?最初のうちにいろいろやっておいた方が良いぞー」
「やっておくって何をだよ……。けっこう会ってるし、今日もこの後デートだ」
「カーッ、羨ましい。俺もデートしたい」
お前、彼女いるだろう。モテ男の価値基準が分からないけど、深く知りたいとも思わなかった。




