第14話
山手は僕の手にある『Gir-line』を覗き込み、鼻で笑った。
「相変わらずオタ活に励んでるんだなあ、楠橋クンは。大学でもアイドル研究会みたいなサークル入ってんじゃないの?」
「……いや、入ってないよ」
山手の隣にいる美女が、彼の半身に身体ごと預ける。
「山くんの友達?」
「友達じゃなくて高校の同窓生。あ、でも3年間一緒だった意味じゃ友達でも良いかもな!」
単なる腐れ縁だろ、と言い返そうとして我慢する。いちいち突っかかる必要はない。とっとと会話を終わらせよう。水を差されたせいで気分が萎えた。
雑誌を元の位置に戻して、山手に軽く会釈する。
「じゃあ僕行くよ」
「邪魔して悪かったな楠橋クン。良いよ、読みたいんだろ?読めば良いさ」
「別に今すぐ読みたいわけじゃないし」
「読んどけって。別に楠橋クンがオタ活頑張ろうが何しようが、俺たちには関係ないからさ。あ、でも忘れちゃいけないこともあるよな?楠橋クン」
僕が黙ったままでいると、山手が僕の耳元で囁いた。
「『きみが隣にいると、チャンリコの追っかけの邪魔になる』……だったっけ?マドンナの告白を1秒でフッて高校生活を棒に振ったのに、懲りない奴だなあ」
「……もちろん忘れることなんかないよ。反省もしてる」
「本当かよ。別にどうでも良いけどさ。楠橋クンが一生童貞だったところで、俺の人生に何の影響もないもんな」
拳を強く握りしめている自分がいた。でも、それを振り下ろすことはできなかった。今の僕は我慢することしかできない。そんな自分が情けなくて、歯がゆかった。
「そういえば」と山手はスマホを取り出して連絡アプリを起動させる。僕に示したトーク画面は、高3のクラス部屋だった。僕も友達のツテで入らせてもらった。
「同窓会くるんだって?お1人様でくる勇気、俺にはないわ。そこは本当に尊敬してるから。じゃあまたな、楠橋クン」
山手は美女の肩を抱いて本屋の外へ出て行った。出入口近くのファッション雑誌コーナーにいる僕を偶然見つけて、声をかけただけらしい。よっぽど暇なんだろうか。
緊張から解かれた反動か、ものすごく疲れた。高校時代が一気にフラッシュバックして、当時の感情まで呼び起こされた。
もう帰りたい。『DACCHA』の楽曲を全部再生しながら、定期購読している『Gir-line』を読み返したい。チャンリコが出演しているドラマを1話から一気見したい。とにかく、部屋に戻りたい。
「楠橋、さっきから呼んでるんだけど。通行の邪魔になるから」
ハッと我に返ると、ちはるが目の前で僕を見上げ、睨んでいた。距離の近さに思わず後ずさる。
「ごめん。考えごとしてた」
「私、もう問題集買っちゃったよ。黒崎理子が乗ってる雑誌、買わなくて良いの?」
『Gir-line』を手に取ったちはるに、僕は首を振った。
「大丈夫。定期購読してるから」
「定期購読する人って本当にいるんだ。都市伝説かと思ってたけど」
知識の偏りが相変わらず凄かった。
本屋を出て、僕は「次はどこに行くの?」とちはるの背中に声をかける。振り返った彼女は不満げに口を尖らせていて、書籍の入った紙袋を僕に突き出した。
「彼女が荷物を持っていたら自分が持つように提案する。彼氏でしょ」
「ああ、ごめん。全然気が遣えなくて」
「とっくに分かってる。じゃあスタバ行くよ」
もう休憩するのか。時計を見ると、まだモールにやってきて1時間くらいしか経っていない。手洗いのついでだろうか。
疑問ばかりの僕に気づいたらしいちはるが、そっぽを向いた。
「オタクの陰キャラが輪をかけて暗い顔してたら、隣にいる私まで変な目で見られるでしょ。さっき知り合いに何か言われたんでしょ。何でも良いから話してみて」
リア充は本当に他人の目を気にするし、機微によく気づく。人つき合いから目を逸らさず、洗練を重ねて培ったコミュニケーション能力は、やはり凄い。




