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Unmatching!!  作者: joi
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第11話

 駅前の広場からスクランブル交差点まで突っ切って、オフィスビルの1階にあるスタバへ入った。列に並んでいると店員からメニュー表を渡されたので、ちはるに示す。


 「何にする?」


 「ブレンドコーヒーのホット。Mサイズでお願い」


 コーヒーか。僕が頷くと、ちはるが不満そうに顔を覗き込んできた。変なことは何も言っていないはずだが。


 「え、どうしたの」


 「今『へぇ、コーヒーなんだ』って顔したでしょ」


 「別にそんなことないよ。でも、そう見えたならそうなんじゃないの」


 「遠回しな言い方して……どうせプロフィールには『甘いもの大好き』って書いたの思い出したんでしょ?」


 僕はメニュー表に視線を移して黙殺する。一緒にいればいるほど、ちはるのイメージが瓦解していき、僕自身困ることが多い。相手もきっと同じことを考えているだろう。


 カウンターでコーヒーと抹茶ラテとクリームシフォンケーキを注文する。渡し口で商品を待っていると、ちはるが話しかけてきた。


 「甘いもの好きなの?」


 「自分からは食べないかな。でも、チャンリコがSNSでオススメしてたから、良い機会だし食べてみようと思って」


 「ちゃ、チャン……?」


 「チャンリコ。『DACCHA』 ってアイドルユニット知らない?紫色のポニーテールの子がいるんだよ」


 「あー……見たことあるかも」


 「顔見れば絶対思い出すから。ちょっと待って」


 僕はスマホを取り出して、写真アプリに入っているベストショットを表示する。去年のライブイベントの抽選で当たった握手会で、僕はチャンリコとツーショットを撮ったのだ。


 「握手会兼サイン入りCDの直接頒布兼頭ポンポン……抽選50人だけに与えられた至福の時間に参加できたんだ」


 「……あんた、オタクだったの?どうして早く教えてくれなかったのよ」


 ちはるがツーショット写真から顔を上げて、責めるような目で僕を睨む。彼女のオタクに対する態度を見た時点で3ヵ月ですら上手くやっていける自信がないんだが。


 商品を乗せたお盆を持って窓際に行き、背の高い2人席を確保した。僕が奥側の席に座ると、後ろにいたちはるに呆れた顔をされる。その態度に違和感を覚えた。


 「今、また僕の行動に呆れた?」


 「すぐに答えを聞かないで、自分で考えてみてよ」


 「相変わらず嫌味な言い方するよなあ、きみ」


 ちはるが転ばないよう態勢に気を遣いながらバー椅子に座る。彼女は身長150センチ前半といったところか。もしかしたら、別の席の方が良かったかもしれない。彼女は席について、小さなバッグを膝に置く。僕は彼女の前にカップを差し出した。


 「ミルクと砂糖、持ってこようか?」


 「大丈夫。お気遣いありがと」


 僕は抹茶ラテを一口飲んでから、シフォンケーキを一口サイズに切る。チャンリコのチョイスは素晴らしい。めちゃくちゃ美味しかった。そんな僕をじっと見ていたちはるに気づき、シフォンケーキを指差した。


 「もしかして食べたい?最初からそう言えば良いのに」


 「違うわよ。あんたの顔見てただけ。何度も言うけど、あんたと一緒にいるのは顔採用なんだから」


 自分の容姿を好きと言われているのに全く嬉しくないことってあるんだなあ、としみじみ思った。僕も負けじと言い返す。


 「今日、髪型変えてきてすごく新鮮だし可愛い。でも、プロフィール以上に知らないことがいっぱいあるんだろうな。発見する度に萎えそうだ」


 ちはるが目を剥いて小さく舌打ちする。喧嘩を吹っ掛けてきたのは向こうだ。怒れる美女は心底怖いが、僕は視線を逸らすまいと堪えた。


 今日、僕らが再会したのはお互いの認識を合わせるためだ。暫定的な交際に当たって、どこまでが許容範囲でどこからがアウトなのか。周りにはどう説明するのか。その辺を合わせた方が今後のためにも良いだろう、という彼女の提案に賛同した。


 早速だけど、とちはるが若干前のめりになる。


 「どうして嘘までついて彼女を作りたかったの?あんな包容力皆無の振る舞いじゃ、まず彼女なんてできないわけだけど」


 「え?まだ喧嘩売るつもり?」


 「本当のことを言っただけじゃん」


 「せめて胸パッドよろしく、オブラートに包む努力をしてくれないか」


 「通報するわよ」


 会話が途絶え、店内の喧噪がBGMとなった。僕は抹茶ラテで舌を舐めてから、大人しく先手に応じた。


 「3ヵ月後の1月、成人式の後に同窓会があるんだ」


 「今年で20歳。私の1個上ね」


 僕はちはるに頷き返し、説明を続ける。


 「さっき話した通り、僕は5年近く黒崎理子ちゃんの応援をしていて、彼女に一生を捧げると誓ってるんだけど」


 「……そんなの初耳よ?」


 「オタクは偏見の目で見られるんだ。今でこそ世間もオタク文化に優しくなりつつあるけど、オタクってだけでカテゴライズされる風潮は少なくないと思う。どうせ恋愛もロクに経験していないんだろうって後ろ指を指される」


 「単に事実を告げているだけじゃないかしら」


 「でも彼女がいたら、そんなことを言われずに済むじゃないか!」


 ちはるは目を丸くして固まっていたが、しばらくして合点がいったとばかりに溜め息を吐いた。


 「同窓会でオタクを馬鹿にされたとき、彼女持ちだって言いたいだけ?」


 「話が早くて助かるよ」


 「あんた、やっぱり相当のクズね」


 「リア充には分からない悩みなんだ!好きなことに熱中して何が悪い!アイドルの追っかけの何が悪い!周りの目を気にしながら好きなことに打ち込む辛さが、きみに分かるか?」


 ちはるは涼しい顔をしているが、煽るような発言は出てこない。呆れているならそれで良かった。僕との暫定カップルが嫌になるなら、全然構わない。別の誰かを探すだけだから。


 少しして、ちはるは姿勢を伸ばして僕を真っ直ぐ見た。


 「正直、あんたを馬鹿にできる立場でもないのよね」


 「今の僕を見てボロクソに言わなかったから、そんな気はしてる」


 そもそも期間の決まった交際を認めた時点で、僕らは本気じゃない。それを察したからこそ、僕はオタクであることを開示できた。きっと、正面の美女にも事情がある。


 スマホを取り出したちはるは、僕に画面を差し出した。そこに映っていたのは、ちはると別の男だった。……いや、ちょっと待った。


 ちはるはツイストのかかった短髪に焼けた肌が特徴的なイケメン——海老津を人差し指で小突いた。


 「こいつ、私の元カレ。私から別の女に乗り換えたの。でも私、全然納得してなくて、どうすればこいつを後悔させられるか考えた。そうしたら友達がね、マッチングアプリでこいつよりカッコいい奴見つけて、後悔させてやれば良いって。確かにそうだなって思っちゃったんだよね」


 「僕からしたら、彼の方がずっとカッコいいんだけど」


 そいつ、僕の知り合いだしリア充だし勝てる要素全然ないし!首をブンブン振った僕に、ちはるは頬を膨らませた。


 「私が良いって言ったら良いのよ。あんたの方がカッコいい。あんたの顔は好き」


 他人から好きと言われるのは初めてだった。顔が火照るのを自覚する。外に出て11月の乾いた風を浴びたい。だが、その高ぶりは瞬時に収まった。僕はちはるを見つめる。


 スマホの写真に視線を落としたちはるは、間違いなく『現在』にいなかった。まん丸い目の奥で、『過去』のフィルムが回っている。彼女の思考に僕の入る余地はない。僕は彼女に話しかけるのを躊躇した。


 正直、海老津が前の恋人に執着するタイプとは思えない。後悔するかと聞かれたら、むしろ「新しい彼氏見つかったん?やるやん!」と笑う気がする。


 元カレに後悔させてやる、か。本当に、それだけで彼女の中のモヤモヤはなくなるだろうか。「全然納得していない」と口にしたときの彼女の表情は、明らかに強張っていた。


 「ちはるさん……ちはる」


 僕の声かけに、ちはるは驚いたように肩を震わせる。無表情の彼女に僕は動揺したが、その目から逃げてはいけないと本能で感じた。


 「僕の動機がアホ過ぎて申し訳ないけど、僕でよければ力になる。そいつのこと後悔させてやろう。お前はこんなに可愛い彼女を無下にしたんだぞって」


 本来なら、つき合いの長い海老津に肩入れする流れだろう。


 けれど、簡単に割り切れない気持ちになってしまった。海老津には悪いが、友人と暫定彼女を天秤にかけたら後者が優先だ。


 ちはるは目を丸くしていたが、やがて僕の言葉に口元を緩めた。


 「当たり前でしょ。私の彼氏なんだから」


*****


 僕らは正式に3ヵ月間だけ交際することになった。条件もざっくり決めている。


 ・期間は僕の同窓会まで。その間に、ちはるは僕を連れて海老津に遭遇し、彼を後悔させる。

 ・お互いに本命を探すことは許容される。ただし、片方が本命と交際することになっても3か月間の契約は破棄されないものとする。


 ・肉体関係は持たない。


 ・周囲に暫定カップルであることを知られてはならない。


 あまり恋人を持ったという感覚はないが、隣に女子がいる事実に変わりはない。僕は初めて、つき合うことに成功した。


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