表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Unmatching!!  作者: joi
1/31

プロローグ

 何かを新しく得るためには、今まで持っていた何かを脇に置く覚悟が必要である。


 だから僕は、マッチングアプリを始めた。


 *****


 居酒屋チェーン店『チェスト』彦崎店は、午前3時を過ぎると客がまばらになってくる。0時頃に入店してきた酔っ払いサラリーマンを見送った僕は、店内を巡回する。客はまばらで、どこの席も会話にのめり込んでオーダーの気配はない。


 何かあれば呼び出されるから、僕は控室で小休憩を取ることにした。厨房を通り抜けて控室に行くと、休憩中の本城先輩が賄いのごぼう天うどんを啜っていた。


 僕は先輩に会釈して隣に座り、スマホの画面を見せつけた。


 「そういや先輩、僕マッチングアプリ始めたんですよ」


 若白髪の混じった天然パーマがもっさりと揺れ動く。


 「……スマホどころか携帯持ってないオレに、異界の用語ぶつけないでくれる?ていうかクス、休憩時間まだよね」


 「いや、いくら貧乏な先輩でも言葉くらい聞いたことあるでしょ。店のテレビでもCM流れてるじゃないですか。あと、店内ガラガラ過ぎて飽きました」


 「ネームに使えそうなネタ以外は吸収しないのよ、オレ。脳の容量小さいから」


 先輩は僕のスマホから目を逸らし、ごぼう天うどんの汁を飲んだ。大学を中退し、親から勘当を食らっても依然として漫画家の夢を諦めない先輩は、今日も伸びきったうどんを頼りに生きている。


 「出会い系サイトって聞いたことありませんか?あれのアプリ版みたいなもんです」


 マッチングアプリ『KuruMira』のスタート画面をタッチしてマイページを開く。見知らぬ女性が2人、自分の自己紹介を見てくれたという通知がきていた。早速2人の情報を確かめる。1人は僕の3倍くらい年上の方で、もう1人は他県の社会人女性だった。


 男性は登録する際に利用期間毎の料金を支払い、マイナンバーカードや運転免許証といった身元証明を済ませた上でアプリを使用する。女性に月額料金の設定はないらしいが、細かいことはどうでも良い。お金を払ったからには、運命の相手を見つけてやる。


 『KuruMira』を始めて、すでに24時間は経過した。今のところ、メッセージのやり取りをするまでに至った相手はいない。女性が気になった男性に送る『いいね!』の通知は2件。僕のページを見たという足跡を残した女性は12人。誰かの目に触れているという真実が、今は嬉しい。


 うどんを弱々しく啜っていた先輩が顔を上げる。


 「でもクス。お前、黒崎理子はどうするのよ。愛しのアイドルの追っかけ、中坊の頃からやってるんよね」


 「どうするも何も、当然続けますよ。僕の大本命かつ結婚したい相手は、チャンリコ以外ありえません。あと先輩、せめて『ちゃん』づけを」


 「はいはい理子ちゃん理子ちゃん」


 僕は控室の出入口付近に掲載されている、アイドルユニット『DACCHA』の過去ライブポスターを見つめる。初期メンバーにして『永遠のサブリーダー』こと黒崎理子ちゃんは、僕にとっての希望だ。中学1年の頃にハマってから、彼女以外の出会いを考えられない。


 先輩はごぼう天うどんを平らげ、汁も残さず飲み干して気持ちよさそうに息を漏らす。


 「大学の運営部入って、友達もたくさん作って大学デビューできたお前なら彼女くらい簡単に作れるんじゃないんかね」


 「確かに、わざわざマッチングアプリを使う理由がないといえばないですね」


 大学のドトールで友達と大声で雑談しているときも、運営部発行の大学だより『ちくわぶ』の取材に出向くときも、友達とカラオケオールではしゃいでいるときも、東急ハンズで新しい香水を選んでいるときも、美容院で美容師さんとダラダラ話しているときも、僕は『大学生の楠橋一利』を演じている。


 最初の頃は言葉を出そうとしたら喉が震えたし、意見を出そうにも周りのアップテンポかつ明るい会話に引き剝がされまいと必死になる。取材相手を前に足が震えるのも珍しくない。元々、僕はそういう人間だ。


 大学に入学して1年半、今はどうにかキョドらないで話せるし、知り合いを参考にしながら会話の切り返しを習得している。


 でも、大学にいるときの自分はまだ偽物だ。最近の風潮はオタク文化に寛大と言われるようになったものの、僕はいまだに過去から逃れられずにいる。


 「僕、大学の知り合いにアイドルの追っかけしてること、話してないんです」


 「そうなん?てっきり自分の趣味をぶちまけた上で大学デビューしたんかと。オタクに対する風当たりってまだ強いん?」


 「そういうわけじゃないです。うちの大学、アイドル研究会あるし。めっちゃ入るか迷ったし!」


 1年半前の春、僕は大学生としてのビジョンを何日もかけて構想した。その結果、アイドルオタクであることを伏せることにした。その肩書きを持っただけで、周りは『そういう分野の人』と勝手にカテゴライズして、距離の取り方を考えてしまいがちだからだ。


 どうせ大学デビューするなら、全てフラットな状態にして臨みたい。それが僕の出した大学生ライフの命題だ。


 「仮に大学で彼女作っても、油断して本職バレたらオワコンじゃないですか!」


 「アイドル研究会に所属してる子狙えば良いやん」


 「僕は普通の大学生として、普通の女の子とつき合いたい!」


 「お前、オタクの風上にも置けない畜生だな。全部ブーメランで自分に刺さっとるんだよなあ」


 大学内で親密な男女関係を作ったら、気を許した僕が自ら秘密を晒しかねない。今まで隠してきた分、周囲の反応は大きいはずだ。そうなれば僕の大学生活が終わる。そこでマッチングアプリの出番だ。検索条件は『県内の他大生』、『オタク気質に寛容』だけで良い。


 「マッチングアプリは、大学の外でアイドルオタクを許せる彼女と出会うのに打ってつけなんです。やっぱり、彼女には嘘吐きたくないじゃないですか。チャンリコを愛する自分を認めてくれる彼女がきっといるはず」


 「理想高いなー。大学の友達が『他大の彼女』に会わせてほしいって言ってきたらどうするん?」


 「徹底抗戦で回避します」


 「お前、大学生活で擦れまくってかなりクズになってない?」


 「大学生なんて、みんなこんなもんだと思いますよ」


 大学生ヤべぇ、と肩をすくめた先輩は空の器を片手に立ち上がり、厨房へ歩を進める。だが、控室手前の『DACCHA』のポスターを見て足を止めた。


 「なあクス。そもそもお前、黒崎理子ちゃんが大本命なのにどうして彼女作るの?」


 問いかけそのものが僕の性根の腐り具合を表していた。


 中学生の頃から1人のアイドルを愛し、時間とお金と愛を注いできた僕が大学デビューに成功して、これからマッチングアプリで彼女を手に入れようとしている。


 「人生一度きりの大学生活、楽しまなきゃ損じゃないですか」


 静まり返った控室で、手にしていたスマホがピコンという音が鳴らした。


お時間いただき、ありがとうございます。joiと申します。


少しでも関心を持っていただけたら幸いです。


次回の投稿は4月26日(火)を予定しております。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ