最終話 あの日言えなかった言葉
大は小を兼ねるというが、その成し遂げた事柄の大小は、それぞれの人の感じ方によるだろう。ハルはテラに平和をもたらしたが、やらなければいけない事は、これから幾らでもある。
「おい! ボケッとすんなよ! こっちに持ってこい!」
「はい! いまもってきます!」
旅で仕事をサボっていたハルを、一人前に鍛え直すため、バイロンは躍起になっていた。このバカ息子は、仕事の勘所を忘れているので、まずそこからになる。
(それにしても嬉しいことを言ってくれたな、こいつは)
ハルには見せないが、父親であるバイロンは、一人息子の彼が旅を終え、仕事に気を入れ始めて以降、ほくそ笑むことがある。
「父さんの跡を継ぎたい。絶対に諦めたり、投げ出したりしないから」
この決意をハルから聞いた時、危うく感涙を息子の前で見せるところだった。これを聞けただけでも、この子を育てた甲斐があったということではあるが、ここからが始まりなのだ。ゴールは遠い。
「しっかり鍛えてやらないと。でも、ハルなら大丈夫だ」
徐々に仕事を思い出し、動きにキレが戻ってきつつあるハルの働きぶりを見て、バイロンは一人、何度もうなずいた。
仕事の帰り、ハルは寄り道をすることが少し多くなっていた。レイラといつものカフェでデートするからだが、
「ここのカフェオレは、いつもおいしいね」
ソフィアがついてくる頻度が旅を終えて以降、多くなってしまった。姉は好きだが、恋敵としては譲れないというところだろう。はっきりさせないハルが一番悪いので、どうしようもない。
「そうね。それにしても……また、ここでコーヒーが飲めるようになってよかったわ」
長旅の中の危地と、ヘリオス島での死闘を思い、レイラはテラス席から青空を見上げていた。
平和な日常での母の手料理というのは、ホッとするものだ。それを作ってくれる母が二人もいたら、果報者もいいところである。
「おかえりなさい。今日もちゃんと働いたのね。えらいえらい」
「うーん、母さんも父さんも、まだまだ俺を子供扱いだなー。いただきます」
ぶつぶつハルは言っているが、アイリとカレン、二人の母が出迎えてくれる幸せは、身にしみるほど分かっていた。ただ、そんなことをつぶやきたいだけなのだ。
「ごちそうさま。美味しかったよ、母さん」
「ふふっ、また明日もこしらえるからね」
カレンはあの日、ハルに言えなかったこの言葉を、決まって毎晩繰り返している。
月夜のアンカーレストの港に寄せるさざなみは、いつも優しい。
おわり