第8話 懐かしく落ち着く夢
戦女神と出会って以降、ハルはその夢を見ることが多くなった。不思議な、それでいて懐かしく落ち着く夢で、彼は戦女神に会えることを楽しみに、最近よく眠っている。その日の夜も、優しい女神と一緒に過ごす夢を見ていたが、
「ハル~! 朝よ~! 仕事に行くんじゃないの?」
いつの間にか朝になっており、一階から、美味しい匂いの朝食を用意してくれている母アイリの、甲高い声が聞こえてきた。
「う~ん、もう朝か。もうちょっと見たかったな」
残念そうに寝ぼけ眼をこするのがいつものパターンになっている。ハルには、惜しみない愛情を注いで育ててくれている母がいる。しかし彼は、夢の中に現れる、美しく優しい戦女神にも、自分へ向けられる強い母性を感じ、それに抱擁されるように女神の守護をいつも感じていた。
「俺ってこんなに甘えん坊だったかな? まあいいや、仕事に行こう」
母親がいない子もいるのに、母がもう一人いるように感じるなんて、贅沢すぎることだ。そう自然に考えられる優しさを、ハルは心の奥底に持ち合わせている。
覚える仕事は多く、光陰矢の如しである。そういう心がけで、今日も交易船ドックへ来たのだが、親方の部屋に入り挨拶をしようとしたところ、何やらバイロンとシリルが話し合っていた。
「おはようございます。親方、シリルさん」
「ああ、おはよう。ハル君。娘のことでは本当に世話になった。ありがとう」
「おう、来たか。おはよう。ちょうどお前のことも話していたんだ」
アンカーレストは自治都市で、バイロンとシリルはその交易船修理と防衛部門のまとめ役と言っていい。その二人が、わざわざここで自分の話をしているとはどういうことだろう? そういう怪訝な顔をハルは見せたが、
「後でお前にも話すが、今はシリルとまとめたいことがあってな。今日は昼前まで荷運びをしていてくれ」
「ハル君。娘を助けてくれた礼という意味もあるんだが、この金貨を受け取ってくれないか?」
親方であり父であるバイロンに「わかりました」と返事をしようとするや否や、シリルが500セレネ金貨を1枚差し出してくれたので、ハルはそれを見て目を丸くした。
「これは多すぎますよ!? いいんですか?」
「はっはっはっ! 多すぎると値を見たところが、ハル君らしいよ。君はちゃんとバイロンの跡を継げそうだ。いやなに、娘のレイラだけじゃない。この町を救ってくれたんだ。これでも謝礼として安すぎるくらいだ」
「受け取っておきなさい。気が引けるなら、その金貨でレイラちゃんとソフィアちゃんに何か買ってあげなさい」
「ありがとうございます。わかりました、二人に何か買って行ってやります」
アンカーレストを支えてきた百戦錬磨の二人の親父は、飾り気のないハルの返事に哄笑している。