第77話 二人のお母さん
限りない愛情をカレンは前世のハルに注ぎ、青少年に成長するまで育てたが、ある日、銛を使った漁で、ハルは海の大魚と格闘し、大怪我を負う。それが致命的となり、カレンの懸命な看護の甲斐なく、短い生涯を終えた。
「絶望しか心に残っていなかった私は、前世のハルをお墓に埋葬したあと、造られた体から魂を消し、潮騒の遺跡で永遠にハルを見守ることにしました。でも、私にもなぜかわかりませんが、私の魂は今のハルの心に宿り、修理してくれた体に魂が戻り、ハルを抱きしめることができた……」
あまりに悲壮な運命である。カレンが語ってくれたことを静かに聞き、その場にいる誰しもが彼女の悲痛を思い、押し黙っている。ハルの母であるアイリは、抱えきれない悲しみをずっと一人で抱えてきた、カレンの辛さが心に深く響きすぎ、涙を流さずにはいられなかった。その母とカレンを見て、ハルも目に熱いものがこみ上げる。
「そんな大変なことがあったのか……。しかしだ! これからはずっと一緒にいられるな。よかったなハル君! お母さんが二人になったぞ。大事にするんだぞ」
悲しさに満ちた空気を打ち払うように、シリルが明るい調子で、そう話をまとめた。レイラとソフィアに受け継がれた、シリルのスパッと竹を割ったような性質にハルは救われ、既のところで泣き顔を皆に見せずに済み、笑顔で大きくうなずき返す。
我が家の寝床は、長旅から帰った子供たちにとって格別であった。その翌日、ハル、レイラ、ソフィアは、カレンと共にセトの家に向かっている。もちろん、無事に旅を終えたことを知らせるためだ。成し遂げたハルたちを照らす故郷の朝日の暖かさが、今朝はことさら心地よい。
「セトじいさん、帰ってきたよ。久しぶりだね」
今までいつもそうしてきたように、小さな家の戸を開いて入ったのだが、中にいるセトはこちらに気付かず、分厚い古びた本をじっと読み続けている。こんなことは今までにない。
書物に入り込んだセトを妙に思いつつも、ハルたち3人と1機は静かに居間へ上がり、読書用のメガネをかけた老翁がこちらに気づくのをしばらく待った。そして、ようやく彼らに気づいたセトは、目を丸くして驚き、顔をほころばせ喜ぶ。
「おお! 無事に帰ってきたか! 何よりじゃ」
「もう、セトおじいちゃんどうしたの? 全然こっちに気付かないんだもん」
「うむ。時間がかかる調べ物をしておってな。ようやく分かってきたところだったんじゃ」
ソフィアに軽くたしなめられ、セトは謝りながら笑って返す。愛弟子でもあるハルたちの帰還に胸を撫で下ろしたセトは、彼らの顔をそのままの笑顔で眺めた。その中に、ハルが幾度と話していた、戦女神カレンの姿を認め、老翁は再び目を丸くし、非常に驚愕する。