第7話 悲しく寂しい微笑み
圧倒的だった自らの攻撃を完全に無力化され、悪魔の戦士は無表情ながら、初めて大きく狼狽している。戦女神の守護により、形勢は完全に逆転した。
「今しかない! エクスプロージョン!!」
魔術師のロッドを青白く分厚い腹筋で覆われた敵の腹につけ、ハルは爆発の魔法を唱えた! 彼を守護する戦いの女神はそれに応じ、ロッドを持つ腕に柔らかく手を添えている。何かとてつもない力がそこに流れた。爆発の甚大な魔法力が悪魔の戦士の内部に注ぎ込まれ、敵は跡形もなく消滅する!
「爆発しなかった? 消えた……」
魔法の天分がハルには幼い頃から備わっていた。その力は年若いながら、アンカーレストにおいて指折りと言える。だが、爆発の魔法を唱え、敵を消滅させるなどということは、今の彼に到底できることではなかった。自分がさっきまで何をしていたのか、ともすればハルは混乱さえ起こしそうになる。
(…………)
倒す敵がいなくなり、戦いは終わった。息子を気遣うような優しい目で、戦いの女神はハルをじっと見守っている。
「あなたの名は? どうして俺を?」
美しく、そして寂しく微笑みを向ける女神から、ハルはなぜか強い母性を感じ、彼女の透き通るような手に触れようとした。しかし、戦女神に触れることは叶わない。実体が、体がないのだ。
「えっ……どうして?」
悲しく寂しい微笑みをハルに向けたまま、女神は周りの空気に溶け込むようにゆっくりと消え、彼の心の深層へとまた戻っていった。
ほとんど無傷でアンカーレストを防衛できた町の頼もしい戦士たちは、互いの無事と戦果を祝い。町の中央に位置する大酒場で宴会を楽しんでいる最中だ。その中にはもちろんハルとレイラ、それにレイラの妹、ソフィアもいた。とはいっても彼らが酒を飲むことは当然ない。果実ジュースなどで様々な会話を楽しんでいた。
「危なかったね~。お姉ちゃん。ハル兄ちゃんが助けてくれなかったら、まずかったんでしょ?」
「そうね。というより、私でダメならハルが勝てるわけないんだけど。ハル? どうやったの?」
性格は姉よりかなり柔らかいのだが、ソフィアは度を越した楽天家で、実姉のレイラが殺されかけていたにも関わらず、ケロッとこんなことを聞いている。妹が可愛いレイラにとって、そのようなやり取りはいつものことらしく、彼女の話の関心は自分が危地を脱したことより、ハルが見せた莫大な魔法力にあった。
「……分からない、俺にもなんなんだか。いったいあの人は誰なんだろう?」
恐らくこうしている今でも、戦女神は彼を守護しているのだろう。だが、なぜ俺なのか? ハルの疑問はそこにばかり行き着いてしまい、答えが出ることはなかった。