第56話 大商人の気前
勝ち目がないミニデーモンは、何とかこの場から逃げ出す方法を探っていた。それに気づいたソフィアが、
「エンチャントミスト!」
素早く魔法を唱え、幻惑と魅了がないまぜになった薄いピンク色の霧をミニデーモンの周りに作り出す! その霧に何を見ているかは分からないが、小さな悪魔の目は虚ろになり、逃げる考えも浮かばなくなったようだ。
「ハッ!!」
隙だらけの敵を斬るのは造作もなかった。ミニデーモンとの間合いを一気に詰めたあと、レイラの大剣がその緑色の体を、胴から真っ二つにしている! 何が起こったのか気づくことなく、ミニデーモンの命は失くなった。あるいは、レイラが与えた一種の慈悲かもしれない。
「私の見込み通りだったな。よくやってくれた。ところでイゾウ、戦女神は見れたのか?」
「はい。そりゃあもう、とんでもないべっぴんさんでしたよ」
無事討伐を済ませたハルたちは、転移魔法でファークリフに戻っていた。首尾良く依頼をこなした彼らに、ヤタロウはとても満足している。戦女神が本当にいるのも、イゾウがしっかりと確認しており、その美しさを彼はずっと忘れることはないだろう。
「そんなに美しかったのか。私も見てみたかったが、商会を離れるわけにもいかんし、しょうがないな。よし! じゃあハル君、約束通り魔法のキャビンをあげよう」
「ありがとうございます! これで旅がぐんと捗ります!」
ヤタロウは自らガラスケースの鍵を開け、魔法のキャビンを取り出し、ハルの両手にそれを渡した。重さも大きさも、小屋の模型そのものである。ただ、一つ特殊な点がある。青色の魔法石で作られた、固い押しボタン型のスイッチが、小屋に付いていた。
「ヤタロウさん? この青いボタンはなんですか?」
「うん。それを押すと魔法のキャビンが広がり、中で寝泊まりできる大きさになる。魔力が込められた解除スイッチだよ。しまう時もそれを押したらいいよ。元の形まで縮む。けっこう押すのに力がいるぞ」
仕組みは分かるべくもないが、使い方はヤタロウの解説でよく分かった。試みにハルはボタンを触ってみたが、確かに手応えが固く、かなり強く押さないとスイッチが利かないようになっている。誤作動を防ぐため、職人がそういう造りにしたのだろう。
「大事に使いなさい。それと、もう2つ餞別をあげよう。まず、この地図を渡そう。君たちが探している青い鳥、ライセイがどこに棲息しているか、印をつけておいた」
「こんなことまでして頂いて……。これもタダでもらっていいんですか?」
ハルの自然な誠実さがヤタロウにはとても好ましく、「いいんだ、持っていきなさい」と、軽く背中を押すように微笑みながら、彼の手に地図を持たせた。