第36話 真円の曼荼羅
集中させた魔法力はベラが持つワンドの記転石から、緑色のまばゆい光として放射状に放たれた! それは真円の魔法陣に変化し、大地に曼荼羅のような文様を見せている。覗き込むだけで吸い込まれそうな感覚をハル、レイラ、それにソフィアは覚えた。
「すっ、凄い……!」
今起こっている現象を目に焼き付けるため、ハルは固唾を呑み、瞬きもしない。理の魔力、ウリルの弟子とはいえ、ベラも相当な力を持つ魔術師であることは、それを制御し、転移の法を顕していることからも疑いようがない。
(ベラさんはこんなに凄い魔術師だったのか!)
彼女に対する改めた敬意と、世界の事象に触れる理の魔力の習得に対するチャレンジと幾らかの不安。様々なものがハルの心を交錯しているうちに、澄み切った緑色の魔法陣は大地から消えていった。
「こんなところね。最初は難しいと思うけど、ハルくんもやってみましょ。転移のワンドが助けてくれるわ」
「わかりました! やってみます!」
「頑張ってね、ハル」
普段、男勝りに大剣を振るうレイラだが、ハルが何かに挑戦しようとする時、いつも母性的な目で彼を見守ることが多い。恋人から一歩も二歩も進んだ感情にも思える。幼馴染としてずっと連れ合ってきたカップルだからこそ、優しくじっと傍にいることができるのだろう。姉と同じくハルを想うソフィアも、そうあろうと傍にいる。しかし、それは姉に倣ったものであり、自分の感情で想いを進めていないのは、ソフィアにも分かっていた。それだからこそ、自分がもどかしい。
精神を集中させ魔法力を高めて放つ。それは、一般の魔法を使う時と原理は同じである。ワンドの記転石が、込められたものを理の魔力に変換し、術者を助けるところも大きい。そうではあるが、もうひと工夫必要になり、そこが難しい。
「くっ! うまくコントロールできない!」
理の魔力は顕れている。しかし、ベラが手本を見せたように、魔法陣の形に制御出来ていない。それに近い何かの形にはなっているのだが、真円の曼荼羅を示すには程遠い。
「悲観することはないわ。初めてにしては上出来よ。やっぱり大したものね」
「でも、魔法陣に全然なってませんよ?」
「それはそうよ。一回でそれができちゃったら、私が困るわ。コツを教えてあげるから、段々と形になってくるはずよ」
ベラの見込み通り、ハルの筋は非常に良いようだ。ものになるが分かってきたので、彼女は本腰を入れてレクチャーする気になったらしい。その教えを全て聞き漏らさず身につけようと、ハルは全身を耳にして構えた。