第33話 記転石
芯に丈夫な金属が使われている太いワイヤーは、ハルやソフィアの予想通り、塔最上部の天井に繋がっていた。その天井は観音開きに扉が開いている。大きな天窓が陽を取り込み、それはちょうど3階の床にある花畑を照らし続けていた。
どうやら閃緑の塔にいたモンスターは1階で倒したグリーンドラゴンだけなようで、2階に続き、3階の大広間でも周囲の安全が確認できた。あるいはあの小型の緑竜は、この塔を守るものとして、意図的に置かれたのかもしれない。
「ハル兄ちゃん~! お姉ちゃん~! ここに綺麗な石があるよ~! 来て来て!」
危険がないことを十分確かめ、広い家の庭ほどの花畑を3人で手分けして探索していたのだが、ソフィアが何かを見つけたようだ。高く呼ぶ声に引き寄せられ、彼女が指し示している緑色の花をよく観察してみると、ほぼその花と一緒の色をした宝玉の原石と思われる物が、紛れるように輝いている。
「よく見つけたなあ、ソフィア。そういうことか。太陽の光が注いでなかったら、多分わからなかっただろうな」
「天窓と2階の仕掛けはそういう意味だったのね。またお手柄ね、ソフィア」
大好きな姉に優しく頭を撫でられ、ソフィアは嬉しく得意そうだ。
「今日の私すごいでしょ! 帰ったら美味しいもの買ってね」
「買う買う。ソフィアが好きな甘いパンケーキでも何でも食べていいよ。本当にお手柄だよ」
閃緑の塔に来る前、魔術師ウリルは、転移魔法習得に必要なアイテムが何であるかを、敢えてぼかして言わなかった。だが、この鮮やかな緑石が目的物であると見て間違いない。塔からライムの町までは距離がある。目的を果たしたハルたちは帰路のことを考え、閃緑の塔を手早く後にした。
無事ライムの町へ帰還した時は、既に日が落ちている。ハルたちは初めて自分たちだけで行った冒険探索で、大変疲労していたのもあり、ウリルに首尾を伝えに行くのは明日にして、宿でゆっくり休むことにした。ハルはソフィアにご褒美をあげる約束を守るため、宿の女将に頼んでみたところ、とびきり美味しいパンケーキが晩餉のデザートに給仕されている。女将が明るく可愛いソフィアを見て、とても気に入ってくれたのもあったらしい。
「これだよこれ。よく取って帰れたね。なかなかやるじゃないか」
翌朝。早速、魔術師ウリルの家へ成果を報告しに行ったところ、人を褒めることなどありえないこの老婆が、そのようにハルたちをまじまじと見て言葉にしているので、弟子のベラは本気でびっくりしている。持ち帰った鮮やかに輝く緑石が、必要なアイテムで合っていたのだ。ウリルによるとこの緑石は『記転石』と呼ばれる大変貴重な物らしい。