第3話 かけがえのない子
失うことを考えていない、生きる望みの全てだったハルを亡くし、カレンはもう、世界から消え去りたいだけであった。そして、ハルを丁寧に埋葬した後、それに近いことを実行しようとしている。ただ、絶望をとっくに通り越した彼女の心にも、一つだけ望みがあった。
「ハルのお墓を永遠に見守って消えたい」
失われかけているカレンの心に去来するのはそれだけであり、ハルの亡骸を墓に入れる時、そして今も、何回つぶやきを吐き出したか知れない。そして彼女の最後の望みが叶えられる時が来た。
「ずっと私が守るからね、ハル」
自身の生命線であるエネルギー供給回路を、二度と自分で復旧できないよう遮断し、カレンの魂は、その精巧で美しい体から消えた。ハルの墓を永遠に見守り続けながら……
人が行き交う雑踏というものは、気ぜわしいながら、何か活力を与えてくれるものだ。そんな賑やかな往来が幾つもあるのが、海辺の交易都市、アンカーレストであった。
「元気な男の子ですよ。おめでとうございます」
「ありがとう! よくやったよ! アイリ!」
「ありがとう……。あなた……凄く可愛い子よ、大切に育てましょうね」
「もちろんだよ!」
玉のような男の赤子を抱き上げ、満面の笑みを浮かべ喜んでいる男は、アンカーレストの交易船ドックを取り仕切っている若き親方、バイロンだ。彼は、妻のアイリが無事産んでくれた、なによりも待ち望んだ我が子と対面し、今、幸せの絶頂である。
「名前をどうしようか? 俺、何も考えてなかったよ」
「ふふっ、あなたらしいわね。私は考えてたわよ。ハルっていうのはどうかしら?」
「ハル……。いいな! ハル! 俺とアイリの息子よ! 元気に育つんだぞ!」
生まれたばかりのハルは、父親のバイロンに応えるように、元気な産声を上げていた。
数年が経った。交易都市アンカーレストの発展と共に、ハルはすくすくと成長していく。彼を思いやる優しい両親の愛情も当然変わらず、そんな家庭の長であるバイロンは、これ以上ない幸せ者であった。
「ねえねえ? ハル? あっちの野原に行ってみよ?」
「うん! いこういこう!」
可愛らしいリボンを付けた幼馴染が、ハルを遊びに誘っている。彼女の名はレイラ。アンカーレストの自警団長シリルの娘で、バイロンとは家ぐるみの付き合いが続いていた。
二人の元気な幼子は、交易船ドック近くの野原へ、飛び出すような勢いで走っていく。それを見守る、春の薫風と優しい潮風が、可愛らしい彼らの背を柔らかく後押しした。