第23話 お懐かしゅうございます
時が前後するが、ハルたちが旅立った後、アンカーレストである邂逅があった。
その男は、深い紺色の外套をまとった長身で、齢は青年に見える。色白で切れ長の目をした、美丈夫である。
「御師様、お久しぶりでございます。私を覚えていらっしゃいますか?」
「ルシフェルか。しばらくじゃったと言いたいが、お前、瘴気が隠せとらんぞ?」
その青年ルシフェルは、師と慕い呼びかけたセトが、はっきりと覚えてくれていたことが嬉しかったのか、薄い笑いを口元に浮かべると、自身から漂う禍々しい瘴気を意に介さず、
「お懐かしゅうございます。御師様、上がらさせて頂いてよいでしょうか?」
と、セトの指摘をはぐらかし、中で師である老翁が座って、見通すように自分を眺めている、小さな家へ入ろうとした。
「まあ上がれ。茶と菓子くらい出してやろう」
「ありがとうございます」
異常な力で抑えてはいるが、体から漂う町全体を覆い尽くさんばかりの瘴気は、ルシフェルがセトの家に上がる時も隠しきれていない。しかしそれ以外の面において、彼は嫌味が感じられない、爽やかな好青年にしか見えなかった。
「懐かしい……私が御師様の教えを受けていた時と、全くこの家は変わっていない」
「ふふっ、そうか。確かに年季は入ったが、お前がおった頃とこのテーブルも一緒じゃったな。ルシフェル、お前は随分風采が上がったな。それじゃと町の皆も気づかんかったじゃろう」
「私がアンカーレストにいたのが20年前ですからね。あの頃から面影も薄れてしまいました。町に住む人々も代替わりしたようですし」
会話の内容から、どうやらルシフェルはハルたちと同様、セトから魔法の教えを受けていたようだ。和やかな笑いを交え、師弟の旧交を温めるそれは、一場面の絵画になりそうな邂逅である。だが、セトの目は油断なく、我がもとを去った、全く尋常でない黒き力を持つ弟子を、俯瞰するように見つめていた。
「ところでルシフェルよ。立派になったついでに聞くが、お前は何者になったんじゃ? この世界の魔王か?」
「いくら御師様でも人聞きの悪い……と言いたいですが、まあ、そんなところかもしれません。私が積極的に望んだわけではありません。なってしまったと言うべきでしょうか」
「なるほどの、それならタダで帰すわけにはいかんの」
甚大な瘴気をルシフェルが有しているのは分かる。しかし、彼が「魔王」だと驚くべき宣言をしたのは、どう解釈したらいいだろうか? 少なくともセトは、道を間違えたこの恐ろしい弟子の回答に納得がいっており、それを正すためのおびただしい魔法力を、小さな老体に充填しつつあった。