第19話 魔法のポーチ
木造りの小さな家で向かい合う師と弟子、その間に張り詰めた空気が暫く流れた。ハルとセト、傍で見守るレイラも沈黙を続け、何か重く動かしがたいものが、彼らのつながりを遮りかけているようにすら見える。
「あまりきつく言ってもあれじゃな。ハル、お前さんが真剣なのは分かった。わしは賛成も反対もせんが、これを渡しておこうか」
表情をいつもの好々爺に緩め、場を取り持ってくれ始めたのはセトであった。計り知れない経験を積んできたこの老翁は、全てを見透かしているのかも知れない。ハルの心は師が今まで見せたことがない厳しさに触れ、限界寸前だったのだ。甚だしい心配をして様子を見ていたレイラも、救われた感覚を覚えている。
来客が数人あるだけでいっぱいになるセトの家だが、裏口から出ていくと物置が別にある。老人ながら軽いフットワークで、セトはそこから腰にちょうど巻き付けておけるほどの、小さな水色のポーチを持ってきた。
「これは魔法のポーチと言ってな。見てくれは小さいが、どんな大きさのものでも無限に入れておける優れものじゃ。縮小の魔法が込められておる。まあ物は試しじゃ、ハル、お前のミスリルロッドを入れてみい」
「そんなことができるの!? これで? 分かった、入れるだけでいいんだね」
ハル愛用の魔術師のロッドは、彼の脚の長さくらい大きさがある。とてもこんな小さなポーチに入ると思えないが、なんと手品のようにスルスルと長いロッドが入っていくではないか。そして、仕舞い終わった後のポーチにロッド分の重さは感じられない。
「本当に収まった……自分の目で見てるのに、信じられないよ」
「たまげるほど凄いじゃろう。そうは言っても、わしにとっては物置の肥やしじゃがな。お前さんが旅に出られるかどうかは知らんが、やろう。アイリとバイロン、ご両親に筋を通しなさい。どうなるにしてもな」
「はい! ありがとうございます、師匠!」
旅の許しは誰からもまだ得られてない。しかし、ハルは気が先回りしてしまう質なのか、魔法のポーチを貰った嬉しさから、もう青い鳥を探し出せた気分にすらなっている。屈託なく笑顔で喜ぶ彼を見て、リアリストのレイラは、心配がまた少し増してしまい、
(ハル一人じゃ、絶対ダメだわ。どうしよう……)
と、顔には見せないながら、旅に対して矢も盾もたまらなくなった恋人をどう支えるか、方法を必死に探していた。
外の雨はいつの間にか止み、霞がかった港は静かな趣きを、その景色に醸し出している。だが、お天道様はまだ、一面の曇天に隠れていた。