第18話 厳しい師
雨の港町というのも風情がある。だが、天気が荒れていると海は時化になり、船は出しにくい。そんな日の港はガランとし、静かなものだ。
雨天でいつもよりまばらな往来を、ハルは傘を差して歩いている。彼は休日を過ごしているのだが、確かになった目的を成し遂げようと、その日も若い力で行動していた。向かう先は町外れに小さく構える、セトの家である。そしてハルの隣には、赤い傘を差し、ぬかるみなどで服を濡らさないように気をつけるレイラがいた。
「おう、雨の日にわしの家に来るなんぞ物好きじゃのう」
「そうね。セトおじいちゃんの言う通りだわ」
そう冗談交じりにセトはハルたちを迎える。若く付き合いが長いカップルは、いたく変わった所をデートに選んだ自分たちに苦笑していた。しかし、生き字引の老翁であり、アンカーレストの主であるセトの家に来たのには、重要な理由がある。
「そうだよなあ。それでセトじいさん、俺の物好きついでに相談に乗って欲しいんだ」
「大方の見当はつくが、まあ言ってみい」
「うん。町を出てこの鳥を探しに行こうと思ってる」
ハルはシリルから断って借りてきた、鳥の紋章のレリーフを指しながら、そう決意を伝えた。冗談半分で決めたことではない。彼の目は本気であり、そうであるために恋人のレイラも傍で困っているのだ。
「カルタリアの北方、そこにおる青い鳥じゃったな。確かにおるんじゃろう。じゃがな、ハル。お前は親御さんにはどう許してもらうつもりじゃ?」
「……それだよね。それを含めて相談しに来たんだ」
セトは普段から飄々とした好々爺だ。魔法の弟子であるハルに対しては、特に優しい師匠なのだが、場合が場合ということだ。弟子を見る師匠の眼差しは、厳しく鋭い。押し出されるような感覚さえハルは覚えた。
「言っておくが、わしはお前の味方はせんぞ。アイリとバイロンのことをよく考えてみい」
「うっ……でも、俺はどうしても戦女神が誰なのか何なのか知りたいんだ! 手がかりがこの青い鳥しかなくて、やっとつかめてきたんだ!」
温厚で優しいハルが、このように激しい感情で言葉を荒げることは滅多にない。レイラでさえ、こんなハルを見たことがあったか、昔の思い出をたどってもそれらしい記憶がない。
「ハル……そんなに思いつめてたの?」
彼の心の深くに内在する守護の戦女神。ハルにとってその存在がここまで大きいものとは気づかず、恋人がそこまで深刻に考え、悩んでいたことに気づかなかった自分に、レイラは悔しさを感じると同時に、名も知れぬ戦女神へ女として少なからぬ嫉妬心も抱いている。