【室町編】⑨★三本の矢
「富子様、実は今晩、刺客が富子様を襲うという情報を得たのです」
彼女が精一杯考えた嘘に頬が緩むのを禁じ得ない富子。
「わかったよ、では、今晩は身辺の警護をお願いします」と謹厳な表情で言う。
そんな感じで、あの日、菫が前世の記憶を取り戻した日以来、富子と菫は時折、寝所を共にしている。
その姿に当初は呆れていた竹林であるが、最近は諦めたのか、何も言わなくなった。
「ねぇ菫、菫はどうしてこの時代に転生したと思う?」富子は菫の髪を撫でながら言う。
「私は、生まれ変わったら富子様にお会いしたいとずっと願っておりました。それが叶ったものかと」富子の瞳を見つめて真摯に答える菫。
「それだけなのかなあ」独り言のように富子は呟く。
「いえ、最初はそう思っていましたが、最近は、もしかしたらそれだけではないのかとも思っております。」
「うん、菫、偶然にしては出来過ぎている話だよね」
「実は、富子様がお亡くなりになった現場なのですが、刺客の存在を示すものは何も無かったらしいのです。」
「ああ、確かに、私もあの時、突然、何もない空間から銃弾が飛び出してくるのが見えたんだ。もしかしたら神様かなんかの力で私はここに送られたのかな」
「どうでしょうか。ところで富子様は未来予知の力をお持ちですよね。その力、私も欲しいのです。どうすれば・・」
「だめだよ、菫。そしたら、もし私の命に危険があったら菫は代わりに死のうとするでしょ、それに」
「えっ!」菫は富子にいきなり唇を奪われた。少し長めのキスをして唇を離す富子。
「こういう事もできなくなっちゃうじゃん」悪戯っぽい笑みを浮かべる富子。顔を真っ赤にする菫。
「ごめん、菫。でも、この転生が仕組まれたものであれば、いづれ私たちは出会うのかな。転生した麻衣や良子にも・・・」
「麻衣様が転生されましたら、富子様は・・・」少し不安げな表情を見せる菫。
「そうね、そしたら私は毎晩、麻衣の身辺警護をしないといけないかもね」
「富子様は意地悪です」菫は可愛らしく頬を膨らませる。
「冗談だよ、もう」
富子は、菫に大きな好意を抱かれて素直に嬉しいと思う。
しかしそれ以上にその事が彼女の生に対する執着に繋がってくれればいいなと思っている。
生への執着が薄く、ともすれば、簡単に自分の命を投げ出し兼ねない。
最初、菫にはそんな印象を持っていた。
でも、最近は多少の我儘も言い、嫉妬の心も見せてくれる。
これはこれで、いい事なのだと思っている。
「そう、私は意地悪で浮気性なのです。だから菫は長生きしなさいよ。」
そういって富子は菫と再び唇を重ねる。
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「姫様!いい加減に起きてください!もういつもいつも」富子は筆頭侍女の叱声で目を覚ます。
「あ、竹林。おはよう。菫は?」
「今、何時だと思っているんですか?菫様はとっくに起きて身支度を済ませていますよ」
あ、そうだった。
今日は山名宗全様が主催される連歌の会に呼ばれているんだっけ。
山名氏。
かつてこの一族は全国66か国のうち11か国の守護に任じられるほどの隆盛を誇り、時の惣領山名師義は「六分一殿」とさえ呼ばれていた。
しかし日々その力を増していく山名氏を警戒した足利将軍によってその力は徐々に削られていった。
けれど足利将軍家に代わった烏丸将軍家の元で功績を上げ、再びその力を取り戻した。
かつての勇名にちなみ新たに「六分寺」と名乗り、五大名族に名を連ねるようになった。
ちなみに富子の前世の時代には、国内有数の兵器メーカーとして烏丸家を中心とした支配体制の経済的基盤となっていた。
身支度を整えて、山名宗全の屋敷に向かう富子と菫。
しかし宗全の屋敷の前で彼女たちは足止めされてしまう。
門の前を兵が固め、屋敷内は立ち入り禁止である。
外からうかがい知れる様子だけでも、屋敷内は騒然としている。、
負傷者も数多く出ているようで、あちこちからうめき声が聞こえてくる。
「菫、もしかして謀反でも起きたのかしら?」
「富子様、私が様子を伺って参ります。」
そういって菫は屋敷の裏手に回っていった。
彼女にすれば、屋敷に忍び込むなど容易いことである。
すぐに菫は戻ってきた。
「富子様、山名政豊様の妹、春姫様が人攫いにあったとのことです。」
「えっ春姫様が?」
史実ではこの春姫こそ細川勝元の正室となる後の春林寺殿。
山名政豊の妹であり、山名熙貴の娘である。
嘉吉の乱で将軍足利義教とともに父山名熙貴が殺害された後は、山名宗全の養女となる。
応仁の乱においては、度々敵の寝返り、味方の裏切りなどがあり、その敵対関係が目まぐるしく変わっていった。
そんな中において春林寺殿は養父が山名宗全でありながら、夫が細川勝元という立場をうまく利用して、この複雑怪奇な戦局の中を狡猾に立ち回り、結果的に烏丸将軍家の成立に大きく貢献し、六分寺家の栄華の礎を築いたと言われている。
噂ではその容姿は異形で恐ろしく、常人はその姿をみただけで気を失ってしまうほどと言われていた。
・・・六分寺家の先祖春林寺殿、その姿を一目、見ただけで気を失ってしまうほどか・・・
「菫!行くわよ」
「春姫様の救出なら私にお任せください。富子様は危険なのでここでお待ちを」富子が何をしようとしているかは言わなくてもわかる。
「ここに居ても危険かもしれない。菫の横のほうが危険じゃないわ」
「それはそうですが・・あと、春姫様の容姿を見ると人は気絶してしまうという噂もありますので」
「そうなの?じゃあ、なんで菫は大丈夫なの?」
「私は、その、問題ないというか・・」菫は、何故か歯切れの悪い物言いをする。
「じゃあ気を付けるようにするわ」
「そうですか。ですがその前に山名様から、もう少し詳しい話をお聞きして、武器なども拝借して参ります。」
再び、山名の屋敷に入る菫。
四半時たって全身に武器を纏った菫が戻ってきた。
大きく長い太刀は4本差し。背中には9尺近くある大弓。いくつもの箙に入れた矢数の総数は60本はあるであろうか?
その他に脇刺だの鎖鎌だの。左手には手甲鉤をつけている。
富子がその重装備ぶりに驚いていると菫は口を開いた。
「富子様、まずはわたくしのお話をお聞きください。
奇妙な話なのです。
本日の連歌にお集まりなさったのは、細川勝元様、山名持豊様、京極高数様、赤松教康様であり、それぞれ20~30騎の手勢を連れておりました。
そしてそれぞれの手勢のうちの何人かが突如徒党を組み、春姫様を攫っていったというのです。
彼らの間に何か事前の示し合わせですとか、謀議があった事はなかったそうです。
突然、何かにとりつかれたように事を起こしたという。」
「菫、何かって何?物の怪の類?」
「わかりません。そして春姫様を攫った彼らは西に向かったそうです。
確かここから西に二里ほどいったところに廃寺があったと思います。
まずはそのあたりに向かってみるのではいかがでしょうか?」
「そうね。そうしましょう。」
富子と菫は、混乱している山名宗全の屋敷を背に西に向かって馬を走らせた。
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「当て推量ではありましたが、やはりここでしたか」
菫の勘はあたっていた。
寺の本堂の前には、10数人ばかりの武士が周辺を警戒している。
そして武士たちの旗指物は見たことのないものであった。
赤い梵字のようなものが書かれた不気味なものだ。
「菫、あれ読める?」
「梵字ですが、文字が左右反転していますね。あまり使われていない文字もあります。多分何かの術式のためでしょう」
そして寺の庭の真ん中には注連縄が巻かれた大きな杉の木があった。多分これが神木だろう。
「おられましたね」
富子は菫の視線の先を見る。
一人の少女が神木にしばりつけられていた。
えっうそ!
富子は自分の目を疑った。
そこにいたのは陶器のように透けた白い肌に輝くような銀髪の美少女である。
そして大きな瞳の色は、ルビーのような赤?いや金色?
この世にものとは思えない銀髪ヘテロクロミアの美少女の姿にうっとりとする富子。
「・・・だから富子様には見て欲しくなかったのです・・・」菫は不満そうに呟く。
「うん、これは、気を失うのもわかるなあ。あれ?菫、もしかして妬いているの?」
「妬いています。富子様が悪いのです。」
「ごめん、菫。もちろん菫も美しいのは変わりないよ」
「そうですか。で、富子様、くれぐれも飛び出して抱きつこうとしないで下さいよ。危険ですから」
「うん。今は我慢するよ。」絶世の美少女にその目が釘付けとなった富子は、嫉妬することも菫のためと勝手な理由付けをして、自分の浮気心を正当化する。
「今はですか。ではまず敵を始末します」菫はため息をつくと、おもむろに箙から3本の矢を取り出した。
そして3本の矢をまとめてつがえて、ギリギリと弦を引き絞る。
「うわっ、菫、それ毛利撃ちだよね」
菫は、一度に3本の矢を放つことができる。
かつてまだ菫に前世の記憶が戻る前に、富子は人間離れしたその技を見せた貰った事があった。
思わず「元就かよ!」とつっこんだが、当時の菫には当然伝わらなかった。
ズッ、シュー
菫の手元を離れた3本の矢はそれぞれ、3人の武士の頭を吹き飛ばす。
「お見事!」
再び3本の矢をまとめてつがえる菫。
「菫!すごいけど、あの武士たちを全部殺してしまうの?彼らは何かに操られているかもしれないのよ!」
「富子様、その心配はございませんよ」
ズッ、シュー
そういって菫は、2射目いや4~6射目を放つ。
3人まとめて武士たちの頭が吹っ飛んだ。
「ねえ、菫、聞いているの?ちょっともう殺すのやめてよ!」
「富子様、殺しておりませんよ。何故ならあのものたちは」
「えっ」
「もう最初から死んでおりますので。」
頭を吹き飛ばされた武士たちが地面に転がる。
「かつて死体を操り、使い魔にする術式を得た陰陽師がいたと言います。しかしその陰陽師が亡くなった後は、その術は失われたと聞いておりましたが」
「その話は以前、私も聞いたことがある。」
「4年前に大和の山奥で奇妙な事件がございました。」