【室町編】⑧魔弾の射手
時代は、2021年9月へ。ここは京都郊外のとある廃ビル。
暗闇の中から若い男女の声が漏れてくる。
「なんで、仕損じるのよ!この責任どうするつもり?!」若い女性の叱責の声。
「どうもこうも、そんな事、言われたって。まさか亜空間からの狙撃を避けられるなんて誰も想像できないだろう」言い訳をする男の声。
「そのまさかとやらが起きたんでしょうが」女性は憤懣やるかたない。
「それに、あの土御門の子孫が未来予知者だったなんて思いもよらぬことだったし・・」
「で、どうすんのよ?あの魔弾。「超時空転生弾」は、あれ1発なんでしょ。また最初からつくるの?」
「お前、それ無理だと分かって聞いてるだろ、あれ1発の材料集めるだけで1000年以上かかるんだよ。もう人類滅んでるわ。だから今はとりあえず状況を見守るしかない。」
「見守る?私たちは失敗したのよ。人類の滅亡を回避するために、あの烏丸麻衣を600年前に転生させて歴史を変えることに。」
「いや成功の可能性が全くなくなったわけではない。一応、あの特別な魔弾の機能をおさらいすると
一つ目は、前世の記憶を全て保持したまま、600年前の先祖に転生させること。
二つ目は、魔弾に予め用意されたプログラム、というか目的に沿って、転生者を行動させること。
三つ目は、歴史の流れを左右する重要な人物、この場合は、五大名族の子孫だけど、自分と同様に転生させて目的に協力させること。
あの魔弾を作るにあたって特に三番目が大変だったんだよ」
「それで?」
「あの魔弾は、烏丸麻衣の知識、性格、身体的特徴、DNA情報などを基にした、いわば烏丸麻衣専用品だ。
だが、機能の一つ目、すなわち600年前の先祖に転生させることは、烏丸麻衣でなくも機能するものなんだ」
「要は、あの土御門富子が600年前に転生しているはずということ?」
「ああ、そのはずだね。我々が、それを直接的に確認する方法はないけれどね。」
「まあ。私たちが時間遡行できるのは、いまこの時代が限界だから、そりゃそうでしょう。」
「二つ目だけど、これはかなり可能性は低いのだけれども、烏丸麻衣のために用意したプログラムが転生した土御門富子の中においても発現する可能性は残っている」
「その可能性もなくはないはね。だって五大名族の先祖は・・」
「ああ、でも問題は三つ目だ。やはり歴史を変えるための他のキーパーソンを転生させることは烏丸麻衣本人でないとダメなんだよ。」
「じゃあ、ダメじゃん」
「ああ、むこう側、転生先から呼び寄せる方法では、もう無理だ。でも、こちらから転生させて送ってやることは魔弾がなくても可能だ。魔薬を調合すればね。」
「残りの4人も、ここで殺して送ってやるってこと?それは、ちょっと気が引けるわね」
「いや残念ながら、それはできないんだ。我々がこの時代の人の死に干渉できる権限はもう使ってしまったから。
だから、残りの4人が自然死なり病死なり事故死するタイミングを待って、あっちの世界に転生して頂くという算段だ」
「ああ、なんかあんまりうまくいきそうもない気がするけど、今はその方法しかないってことなのね」
「そうだね」
その言葉を最後に2人の男女は無言になった。
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あっ
烏丸麻衣は自室のベッドの上で目を覚ました。
・・もしかして夢だったのかな・・・そう思い時計を見る・・
・・そんな事はないか・・・
・・あの時のショックで寝込んでしまっていたのか・・・
呼鈴を鳴らして執事を呼ぶ。
「土御門様の件、大変、お気の毒でした。姫様の心痛察しいたします。」執事は恭しく頭を下げる。
「竹林、連絡はどこまでいっていますか?」
「はい、土御門家は当然のこと。日野、六分寺、永園には、お伝えしております。皆大きなショックを受けておられました。特に永園様が・・」
「そうですか。そうでしょうね。」
「支度をお願いします。」
「姫様、どこへ?」
「菫ちゃん、いや永園のところに行きます。」
「永園様は誰にも会わないと言っているらしいですが、、」
「竹林!早くを支度を」
「はい」
永園の屋敷についた麻衣は、菫の部屋の扉をノックする。人の気配はするが、返事はない。
「永園様、入りますよ。」
そう言って部屋の扉のノブを回す麻衣。
灯りを消した薄暗い部屋の片隅に、肩を小刻みに震わせている人影。
時折、小さな嗚咽が聞こえる。
「灯りをつけさせて頂きますよ。」
パッ
床に散乱した手紙。
割れた花瓶の破片。
麻衣は、部屋の片隅で膝を抱えて俯いている金髪の少女に近づき口を開く。
「あの場所の警備はいつも通り完璧でした。それは貴方もご存じだと思います。しかし狙撃犯がいた形跡も、逃げた形跡もなかったのです。」
・・・・・
「もし貴方があの場所にいたとしても、結果は同じでした。貴方は、富子さんも私も救えなかったと思います。」
・・・・・
「貴方があの場所にいても、富子さんは同じ行動をしていたと思います。だから貴方が責任を感じるのは筋違いです。」
「そんなこと分かっています!!」
菫は顔を上げて麻衣を睨みつける。
「ご、ごめんなさい。永園さん」泣きぬれてぐしゃぐしゃになった菫の顔を見て麻衣は怯んだ。
「いえ、こちらのほうこそ申し訳ございません。烏丸様」すぐに自分の無礼な態度に気づく菫。
「烏丸様、私、ずっと手紙を読んでおりました。富子様と交わした手紙です。あらためてわかりました。私はずっと富子様に助けられてばかりでした。」
「それは、私もですよ。永園様。」
「だけど、返せなかった・・何一つとして返せなかった・・・富子様には何も・・・それが悔しくて!悔しくて!」再び大きな感情のうねりが菫を襲ったようだ。
「でももう仕方ないことですよ。永園様」
「そうですが、烏丸様は悔しくないのですか!?富子様を諦めきれるのですか!?」
「悔しくない??」
その言葉聞いた麻衣は一気に表情を変え、ワナワナと震えだす。 そして
悔しいよ!!!
悔しいに決まってるじゃない!!
悔しくないわけないじゃない!!
ずっと大好きだったんだよ!!
小さい時からずっと大好きだったんだよ!!
私が一番好きだった富ちゃんだよ!!
でも、いつも別の場所にいさせられて、離れさせられて!!!
やっと一緒になれたんだよ!やっとだよ!!!
やっと富ちゃんの横を歩けるようになったんだよ!!
なのに!
こんな事ってないよ!!あんまりだよ!!
私が何をしたっていうの!!
なんでこんな罰を受けないといけないの!
菫!教えてよ!!!教えてよ菫!」
初めて感情を爆発させる麻衣。。
美しい瞳からとめどなく流れる涙。
崩れ落ちるその身体を支える菫。
「烏丸様、一緒に泣きましょう。」
「うん」
「そして生きましょう」
「うん」
「今の私たちにはそれしかできないのです」
「うん」
強く抱きしめ合い、号泣を続ける二人の少女。
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それから50年後。
京都郊外の静かな病院の一室。
一人の女性が、人生の最後を静かに迎えようとしていた。
そしてベッドの横に座り彼女を見やるもう一人の初老の女性。
「それで、あの試合が終わった途端、菫の姿がないじゃない。なんで勝手なことするのよって思ったわけ。」椅子に座った女性は楽しそうに話す。
「そんな事ありましたっけ?」ベットに横になっている金髪の女性はとぼけたような口調で答える。
「そうだよ。忘れたとか言わせないよ。で、私が慌てて後を追っかけたけど時すでに遅し。富ちゃんと菫が抱きあって泣いてるじゃん。あっやられたって感じ」
「そうでしたね」笑顔を浮かべる菫。それは忘れようもない記憶。
富子様に出会い、そして初めて人が好きになった瞬間だった。
・・富子様と実際に触れあっていたのは1年に満たなかったけど、あの瞬間を大切にして今まで生きてきた・・・
コンコン
病室の扉をノックする音がした。
「失礼します。」そう言って若い看護婦が入ってきた。
「あ、竹林?」と麻衣は思わず自分の家の老執事の名前を口走る。
若い看護婦は怪訝な顔をする。
「ごめんなさい。うちの執事に似ているような気がしたので。じゃあ。菫。また来るね」そう言って烏丸麻衣は病室を出た。
・・・見慣れない看護婦だな・・・
菫はそう思ったが、それを口に出すのをやめた。
「どうぞ、ここでは最後のお薬です。」そういって薬を渡す若い看護婦。
「ありがとう」礼を言って薬を飲み干す菫。
そう言って、彼女は静かに目を閉じる。
「あーあ、もし生まれ変わったら、もう一度、富子様にお会いしたいなあ」
そう呟いた彼女の瞳は二度と開くことはなかった。
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「富子様!!!富子様なのですね!やっとお会いできました!!」
突然、涙を流しながら富子にとびついてきた菫。
「えっ?」
その言葉の意味が分からず、怪訝な表情を見せる富子。
「菫です!永園菫です!富子様!!」
「それは知っているよ、でも、あの。もしかして、菫も?」
「はい、思い出しました。全てを思い出しました」富子の胸の中で涙を流す菫
富子は自分の心の中に菫が飛び込んできたように感じた。
あの時の菫である。御前試合が終わった控室で共に抱き合い涙を流した菫が。
「もう絶対!絶対、離れません!富子様のお側から絶対離れません!!!」
「うん、ごめんね。菫。ずっと寂しい思いをさせてきたんだね」
そう言って、菫の髪を優しく撫でる富子。