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【室町編】⑦非公開恋文


さて義政から「本気の恋文」というものを貰った富子。

前世の持ち前の生真面目さも手伝い、自ら返事を書くことにした。

基本的には富子が言葉を選び、必要に応じて竹林と菫が助言する。

助言と言っても、この時代には通用しない単語とか言い回しを指摘するくらいのもの。

本質を変えてしまうような事は2人とも言わない。

富子は、この義政との文のやりとりを内密なものにしたいと考え、竹林にも相談し、手紙の授受は菫が行うことになった。

こういう隠密のような仕事はもとより菫が得意とする領域だ。

ところで、菫は今まで自分の過去をあまり話したがらなかったのであるが、時折、自分の身の上話をするようになった。

孤児として甲賀の家に拾われた菫。

「これは孤児の私がもっているただ一つの形見の品です」

そういって彼女がもっていた古い印籠を見せてもらったことがある。

桐の葉を模した家紋がついた印籠。

桐の葉と言えば足利だけど、これはちょっと違うな・・・

前世の歴史的知識を総動員しても、富子にはその家紋はどこの家のものかはわからなかった。

もしかしたら高名な武家の娘なのかもしれない。



では、富子からの最初の返事。


「義政様

もちろん、覚えておりますよ。

あの日、私が「ごめんなさい」した時に大層驚いておりましたね。

その後、侍女に大変怒られました。

随分、失礼な事をしたと。作法もなってなく品性のかけらもないと。

日野家の跡取りとして相応しくないと。

どうでしょうか?

私は、このように、あなたのような貴人には相応しくない女性なのです。富子」


「富子様のあの時の態度は「ごめんなさい」と言った可愛らしいものではありませんでしたよ」あの日の事を思い出して竹林はしょっぱい顔をする。

「そうだったかしら」

クスッ

小さな笑い声がした。

「えっ菫、今笑ったの?」菫が声をたてて笑うのを初めて見て驚く富子。

「富子様、失礼いたしました。その時の状況を想像して思わず笑ってしまいました。」

菫は口を押えつつも目を細めて笑顔を浮かべている。

嘘偽りのない屈託のない可愛らしい笑顔だ。

この子も普通の女の子だ。多感な少女だ。

「菫様、笑い事ではありませんよ。富子様も2度とあんな真似はしないで下さい」

「どうかな・・それは・・・」

この子のこんな笑顔が見られるなら、むしろ何度でも同じことをしてもいいかな。

「菫ちゃん、これからはもっと面白いことがあると思うよ」菫の顔を見ていう富子。

「それでは、困ります!」竹林は呆れた目で富子を見つめる。



返信は時を経ずにしてきた。


「富子様

いきなり「お断りします!」って言われて本当にびっくりしました。

もし、あれが、あの時の私の態度によるものであったらなら許してほしい。

私は子供の頃から将軍の後継ぎに相応しい作法や品性というものを身に付けてきたつもりだった。

それ以上に大切なものがあるなんて考えてもいなかった。

しかしそれが間違っている事を教えてくれたのがあの時の貴方なのですよ。

そもそも作法とか品性ってなんでしょうか?

一体、それは何の役にたつものでしょうか?

今の私には、そんなものは、中身のないやつらが自分を取り繕うために使っている仮面のようにしか思えないのです。

貴方にはそういう取り繕いがない。

何も飾らずの本当の自分を見せていいという事。

それで問題ないと言うこと。

それを貴方に教えて頂いたのです。

だから私は貴方に心奪われたのです。 義政」



「うーん、どうしようか、菫」富子は義政からの返事を読んで唸った。

「では、富子様の日常のお姿などをお伝えするのはどうでしょうか?」菫は助言する。

「日常かあ、大した事してないよなあ」そう思い筆を取る。


「義政様

私は、頭も悪くて、いつも思慮なく行動してしまいます。

朝起きるのも苦手だし、いつも竹林に呆れられています。

ああ竹林というのは、私のおつきの侍女なのですが、まあ私の乳母というか、先生というか、ようはそんな感じです。

そんな私はあなたに愛されるような女性ではありませんですから・・・」


「食事をとられる時、よく粗相されますね」と竹林。

「ああ、それもあった」

「そしてじっとしていられない。せっかくのお召し物を台無しにする事も度々」

「あー、はいはい」

「それに・・」

「ちょっと竹林!少しは私の良いとこも言いなさいよ」

「姫様がご自身の欠点を教えてほしいと仰ったのではないですか?」

「ああ、ごめん、そうだった。」

「で、姫様の良いとこですか。ああ、顔ですかね」

「いや竹林、そういうやつじゃなくて内面よ!内面!」

「内面ですかあ」そう言われて竹林は考え込む。

「ねぇねぇ菫ちゃんは、私のいいとかどう思う?」

「えっ!」突然の質問に驚く菫。

「そ、そんなの・・ひ、ひと言では申し上げられません」しどろもどろになる菫。

「そういう人が困るような質問をずけずけと出来るところが姫様のよいところではないのですか?」困惑する菫の顔を見て言い放つ竹林。

「それ、褒めてる?」

「十分、褒めているつもりですが・・・」

そんな他愛のないやりとりを参考にして筆を走らせる富子。



またしても返事はすぐにくる。


「富子様

富子様は、ご自分の事を大した人間でないと仰りますが、私も同じですよ。

私もたいした人間ではない。

確かに世間一般では、私は何にでも秀でていると言われているようです。

でも思うのです。

そんなものは偽物だと。

世間が評価している私の姿は偽物だと

だから私は、本物が欲しいのです。

仮面を外した本物になりたいのです。

そして、その本物を貴方から頂きたいのです。義政」


・・義政様はもしかして暇なの?・・・

そんな失礼な事さえ考えつつ、返事をしたためる富子。



「義政様

たった一度のお会いしただけで、ほんの少しの間、言葉を交わしただけの間柄ですよね。

まだお若い義政様はもっと多くの女性とお会いになって十分な時間を過ごされたほうがよいのではありませんか?

きっと私なんかよりも素敵な女性に巡り合えると思いますが。富子」



「富子様

たった一度の出会い、そのわずかな時を私は玉石のように大事に思うのです。

月並みな言い方ですが時間でない。中身です。

どうかわかってほしいのです。私の気持ちを。義政」



「義政様

あの、もしかして、最初の歌は私が詠んだとお思いですか?

あれは、腕のよい代筆屋が書いたものですよ。

私はあんな歌を詠める素敵な女性ではないのですよ。

結婚しても、きっとあなたをほったらかして、菫とか好きな女の子と遊びに行っていってしまうわ。

どうですか?幻滅したでしょ?富子」


「あの、富子様・・」菫が顔を赤くしてる。

「どうしたの?菫。熱でもあるの」

「いえ、その、流石に私の名前を書くのは・・・」

「菫の名前を書くのは私もどうかと思いますね。でも女の子と遊びに行くは、あってもいいのではないですか。別の男と、なら問題ですが」珍しく竹林も条件付き賛成をしてくれた。

「別の男と?それはないわ」そんな感じで今回は微修正である。



「富子様

幻滅なんかしてませんよ。

それに私が心奪われたのは歌の貴方でありません。

では、素敵な女性ってなんでしょうか?

どこかに普遍的な素敵な女性の定義というものがあるのでしょうか?

何をもって素敵な女性というのでしょうか?

それは人それぞれだと思います。

私にとって素敵な女性というのは、自分を飾らずに本当の姿を見せてくれる人のことです。

そんな女性を、私は貴方以外には知らないのです。

貴方が私をほったらかして、好きな女性と遊びの行くのも結構。

じゃあ、私はその間、好きな男性と遊んでいますよ。

男色は、貴族の嗜みともいいます。

それで貴方を幻滅させてあげましょうか?これでおあいこでしょ。義政」



「ぷっ」その返事を見て富子は噴出した。


・・でも・・・


・・あれ?・・・


・・文のやり取りで自分に幻滅してもらうという作戦・・・


「菫ちゃん、だめじゃん、これ・・・」

「そうですね。ではやはり当初の予定通り、義政様を冥土にお連れいたしますか?」

「いやいや、そんな当初の予定とかないし」

「でも、この結果は当たり前だと思います、富子様」

「菫ちゃん、何言ってんの?」

「だって、富子様は、富子様は、こんなに素敵な方で、誰も嫌いになんてなれないですよ」珍しく少し感情的な菫

「あは、何言ってんの?あたしはこう見えても日本最大悪女の一人だよ」

「責任とらせてください!私に責任とらせてください!自ら文を交えることを提案した私に」

「えっ?菫ちゃんに責任なんてないよ。それに責任って何?自害とか、それは絶対に許さないよ!責任なんか取らせない!」途端、富子は厳しい表情をする。

「いえ、そんなんじゃありません。責任をとってこれからは、ずっと富子様のお側でそのお身を守らせて頂きます!」

「うそ!それいいの?じゃあ前言撤回。菫、責任とって!」そう言って富子は菫を抱きしめる。

「は、はい。責任を・・」


その途端、菫の頭の中に電撃が走った。


・・・時空を超えて・・・


・・・何かとても重要なことを・・・


・・・思い出しそうな気がする・・・


そんな思い出の欠片が、鋭いガラス片のようになって突き刺さり、ズキズキと心が痛む。


知らぬ間に菫の瞳から滔々と涙が溢れだす。

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