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【室町編】⑥★二等分の花嫁

時は数日前。花の御所。

義政は一人の女性と面会していた。


挿絵(By みてみん)


「義政様は、あまりに浮かない顔をしておられますね」

その女性は義政様の顔色をうかがい笑った。

「これなのですが・・・」

そう言って義政は彼女に短冊を渡す。富子から受け取った文である。

「ああ、これですか。ご安心下さい、これは富子が詠んだものではないですよ。」

女性は一瞥するとそう断言した。

「やはりそうですか。この文からはあまりに富子様の気持ちというものが感じられませんでしたので・・」

義政の顔から不安の色が消えていく。

「まあ、あの子にこんな歌が詠めるわけがありませんよ。ふむ。差し詰め竹林あたりの・・・」とその女性は答える

「しかし、お二人は瓜二つでございますね」義政はそういってその女性の顔をしげしげと見つめる。

「そりゃ、そうでしょ。ここだけの話ですが、私たち姉妹は双子なのですよ。」その女性は秘密を明かした。日野富子の姉、日野良子である。

「そうでしたか、通りで」義政は納得する。


この時代、双子は不吉なものとされていた。三つ子、四つ子も然り。ましてや五つ子なんて。

迷信じみたものと言うよりは、むしろ家督相続に関する懸念からである。

そのため、御多分に漏れず、彼女たちの父、日野重政は、良子を側室の子で姉とし、富子が正室の子で妹とすることに決めた。

いま、良子は父重政の決定を少しも不服には思っていない。むしろ感謝しているくらいだ。

そのおかげで彼女は、名門日野家のしがらみに捕らわれず自由奔放な生活を送っている。

ただ良子は妹に、どことなく引け目を感じていたのだ。

自分の自由は妹の不自由の上に成り立っていると・・

そしてその事をかつての妹はやんわりと態度に示していたのである。

しかし例の怪我以来、性格が一変した妹。

ある意味自分よりも自由奔放に振る舞うようになった妹が、今は愛おしくてしょうがない。

だから、なんとしても今の妹の楽しそうな生活を守ってあげたいと思っている。

そして彼女も義政の弟義視との婚約話が進んでいるなど、将軍家へ親しく出入りしていることもあって、義政の相談に乗る形で、義政の値踏みにきたのである。

義政が富子を不幸にするような男であれば、なんとしてもこの話を潰してやろうと思っているのだ。

なんなら、あたしがこいつを誘惑してやってもいい。

そんな事まで考えるような妹大好きお姉ちゃんである。


「義政様は、富子と瓜二つの私を見て心動かされますか?」良子は揶揄うような目で義政を見る。

「失礼ですが全然」半分、落胆し半分安心する複雑な良子の心情。

そして良子は仕掛ける。

「そうですか。それではもし私が富子に変装して、明日の夜、義政様の寝所に訪れたとします。さて義政様は、私の変装が見抜けるでしょうか?」

「今はまだ、正直、その自信はありません。」

「では、もし富子と偽った私が義政様と関係を結んでしまったとします。」と良子は続ける。

義政は試されているのだと思ったが、良子がこんな話を持ち出した理由が分からなかった。

「そしてある夜に変装した私と本物の富子と義政様の3人が鉢合わせになったします。

私と富子はどちらも富子であると主張しています。

ちなみに義政様は、私と逢瀬を繰り返すうちに私が富子でないことに気づいています。

その逢瀬を通じて、いつしか私に対しても愛情を感じるようになっている前提です。さて義政様はどうされますか?」


「ふむ」

義政は考えている。いや、考えているふりかもしれない。

そして口を開いた。

「私は、変装している貴方は富子様でない。でも貴方を愛していると言う。まず、これはないですね」

「そうでしょうか?」

「私も貴方も不義になる。それ以上に富子様が悲しむことを貴方は許さないと思います。」

「ええ」


「次に、私は変装している貴方を富子様と言い、本当の富子様をあなた、良子様だと言う・・・」

「えっ?」その答えに良子は驚いた。

「この答えで、私は愛する貴方を守り、かつ本当の富子様を不義として追放する名目ができる。

でも、その答えもないですね」

「何故です?」

「そんな事をする私を貴方は愛し続けることができますでしょうか?」

「仰る通りです。」


「だから私は、分からなかったと言います。見分けが付かなかったといいます。

最初に貴方の変装がわからなかった私は富子さんとして貴方を愛した。

そしていつの間にか、貴方が富子様でない事に気づいた。しかし私の愛は変わらなかった。

だから、貴方を通じて富子様を愛し、貴方も愛した。

私にとっての富子様は良子様であり、良子様は富子様だ、ということです。

であれば、これから愛を育むであろう富子様に対して同じ事ができると思いますが・・・」

「義政様、つまりは、私たちへに愛情は半分づつ、二等分ということですか?」

「違いますよ。良子様の中の半分の良子様、富子様の中の半分の良子様、合わせて1人分となりませんか?富子様についても同じ事です。」

「物は言いようですね。流石は義政様」

「いえ、単なる言い逃れです。いずれにしても、初手としては、お二人をちきんと見分けられるようになることからと言うことですね」

「その為に私を呼んだのですか?」

「それも多少があります。貴方と通じて少しでも富子様の為人を知りたかった。ですが、貴方の恋愛指南として名声を知っての事です。ですので、この返事について是非とも助言頂きたいのですが・・・」


「恋文というものを書いたことがないのですよ、私は・・・」


・・ああ、この人は富子に対して真摯な人だ・・・

・・ごめん、ちょっと意地悪してしまった・・・


儀礼としてではなく。表層的なものとしてではなく「本気の恋文」を書きたい。そのための助言が欲しいということなのか。

良子は心打たれた。

そしてもう余計な駆け引きも詮索もするのは辞めた。


「そうですね。まずは義政様のお心を整理してみるのはいいかと思います。その上で、虚飾を捨てて素直な気持ちを文にしたためるのがいいかと。変に形式に拘らずに、そのほうが富子の気持ちに通ずるのではないかと思います。」

「ありがとうございます。」そう答えて義政は筆をとる。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局、わたしは自分のことが何もわかっていなかったんだな・・・


あの日、日野富子に会った日の事を思い出しながら、今までの人生を振り返ってみる。

あの日までの自分の日常は退屈だった。

この退屈はこれからもずっと続くのであろうと思っていた。


結婚すること。

人生という長い長い退屈極まる旅路の一里塚。

後継ぎつくりという課された義務のための単なる作業のひとつ。

そこそこの家格があって周囲が納得する相手であれば誰でもかなわない。


自分の結婚相手としてすでに何人か公家の娘の候補が上がっていた。

日野家もその一つであった。

いままで何人かの公家の姫君と交流をしたことはある。

どいつもつまらない連中だった。

花の話だの昔の物語の話だの和歌だの皆同じような話しかしない

文を交わしたこともあるが、格調たかく流麗な文体であるが、皆揃って中身がない

こいつら皆同じ代筆屋にでも頼んでいるのか?


しかし日野富子は異質だった

私が今まで出会ったことのないタイプの人間だった

深窓の令嬢、堂上家の姫君なのに


まるで他人の評判を全て知っているように自分のことを利己主義で高慢で計算高くて、狡猾な女だと評する。

でも、その言葉には一つとして嘘がない

虚飾がなく、へつらいもない

真っ直ぐにわたしの目を見てひるむことなく、何の遠慮も躊躇もなく話す

その言葉のひとつ、ひとつが

そのしぐさのひとつ、ひとつが

私にとっては、今まで味わったことのない心地よさなのだ、



・・この方の顔をずっと見ていたい


・・このの声をずっと聞いていたい。


・・だからこの方を私のものにしたい



いずこからか沸き上がった自分の欲求と衝動をそのままに文字を連ねていく。

そしてそれを良子に渡した。

きっと恐ろして恥ずかしくて読み返せない内容だったと思う。



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