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【室町編】⑤富子と代筆屋(その2)恋愛指南

「さておき、菫?あなたはいくつなの?」富子は尋ねる。

「捨て子なので正しい年齢はわかりませんが、おおよそ富子様と同じくらいであろうかと」

「そうなの?じゃあ同じ年代ってことで聞きたいんだけど」

「はい。なんでしょうか?」

「男の方に嫌われるにはどうすればいいのかな?」

「その質問の意図が分かり兼ねます。私は富子様と足利義政様とのご縁を結ぶお手伝いのために・・・」

「あーだからさ、好かれるためには、その反対に嫌われることを知っておきたいってことよ」

「あ、そういう事でございますか。失礼いたしました。私は恋愛については、したことがないのでわかりかねます。

ですが物事を戦に例えるならば、個人であれ集団であれ、敵の弱点を見つけてそこを攻めることにつきるかと思います。

敵の弱点をつく、すなわちそれが、敵の嫌がることではないでしょうか?

古今の武士は、正々堂々の正面からの戦いを誇りとするようですが、それは兵力の無駄です。

武士の誇りであるとか作法であるとか、そんな事よりも味方の損害をいかに減らして敵の損害をいかに増やすか、それをまずは考えることが重要です。

いま、この時代の戦争を大きく変えているのはそういった足軽の戦法でございます。

しかしそもそも戦争においては、戦闘行為そのものよりも、兵站の・・」

「ああ、もういい分かった、わかった。要はまずは弱点を突けということでしょ」

「仰る通りです。」


富子は菫の意外な一面を知って驚いた。

普段は寡黙なのに、戦闘や戦争の話になると随分に口数が増えるものだと。

いや、むしろ、これが本来の彼女の姿なのかなとも思う。

もっと彼女の事を知りたいなあと思う。


そして新たに知った菫の内面は、富子をにやりとさせた。


・・しかし、男女の恋愛を軍事に例えるなんて!・・・


・・きっとこの子が書く恋文もさぞかし散文的なものでしょうね・・・


・・まあ、それで義政が私にがっかりでもしてくれればこっちも願ったり叶ったりだし・・・


・・こんな子連れてくるとか、たまには竹林も役にたつわね・・・


しかし富子の期待はすぐに裏切られることになったのである。

侍女から筆と短冊を受け取った菫は、迷うことなくすらすらを筆を運んでいく。


「富子様、詠めました」

「ちょっと、読んでみて」

富子は、菫の書いた短冊を竹林に渡す。その文字は達筆すぎて、富子が流暢に読むにはまだ難しすぎたのだ。

「姫様もこの程度はすらすらと読めるようにならないと」竹林を不平を言ってから、受け取った短冊を読み上げる。


「世の中に たえて桜の なかりせば わが恋ひわたる この月のころを


ええ、良い出来ですね。作法通り花と月が入っておりますし。」


「菫、恋文うまいじゃないの!」富子は感歎する。

「恐れいります」軽く会釈をする菫。

「姫様、ではこれを義政様にお出ししておきます」

「ちょまっ竹林、なんか上手すぎておかしくない?」

「ではどうしろと?姫様、ご自身でお書きになりますか?」

「それは無理だし・・・」

・・まあ仕方ないか・・・ 他に策を考えてつかない富子は諦める。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

数日後


「姫様!お返事が来ました!義政様からのお返事が!」竹林は興奮気味だ。

「へえ、そうなんだ」富子の口調はそっけない。

「へえではございませんよ。姫様、前代未聞の事態です。」

「何が?まあ読んでみてよ。」

「姫様がご自分でお読みください。ご自身の目でお確かめください」

「あ、はいはい、どれどれ」



拝啓、富子様


初めて私とあった時の事を覚えていますか?

貴方と一緒だった時間は、ほんの短い時間だったのだけれど

私のいままでの十数年の退屈な日々にまさる何十倍かの貴重な時間だったと思っています。

ふりかえるに私の人生はいままで灰色でした。

退屈な日々でした。

しかしあの瞬間、貴方とあったあの時に、私は自分の世界が変わっていくのを感じたんのです。

わたしに語りかける貴方の声が

私を見つめる貴方の瞳が

そして貴方の温かい息遣いが

灰色の私の人生を色鮮やかな色に塗り替えていくのを感じたのです

もう貴方なしの人生なんて考えられない

いままで誰も愛してこなった私ですが、

人の愛し方が分からない私ですが、

私の精一杯の全力で、富子様、貴方を愛したいと思っております。




                         義政(花印)




「えっこれ、和歌じゃないですよね?」と富子。

「本気の恋文というやつですね」訪問していた菫が答える。


富子には意外であった。

義政の一般的な評価も富子も印象も、彼は冷静で合理的な人物。

飄々とした態度の裏に自分の本心を隠す。

そんなイメージであったのに、こうまで直截的な表現で自分の心情を吐露してくるとは!


・・。やりづらいなあ・・・


富子は基本的に優しい。誰に対しても優しい。優しすぎる。

だから、相手が誤解して結果的に相手を傷つかせてしまうことも多かった。


・・だけど私が義政と結婚したら・・・


他人を傷つかせまいとする気遣いと自分の今後の行いが多くの人の死につながる未来予想が相克して彼女の心を追い詰める


「もう!やだよ!こんなの!」


富子は思わず、屋敷を飛び出していく。




・・・私、いったいどうすればいいんだろう・・


富子は人通りの少ない賀茂川のほとりにしゃがみこんで半泣きになっていった。

「恥じらっておいでなのですか?」

富子を追いかけてきた菫が声をかけてきた。

「違うわよ」

「・・・」

「ねぇ、仮定の話としてだけど、遠い未来からこの世界に転生してきた未来がわかっちゃう人の話として聞いてくれるかな?菫」

「はい」

「その人がある人と結婚すると戦乱が起きて多くの人が不幸になる。でも、ある人を拒絶することで、ある人を傷つけたくないとも思っている。」

「富子様は、義政様はお嫌いという事ではないのですよね?」

「別に嫌いってわけじゃないわ。それと、そもそも私には男性を恋愛対象と見ることができないのよ」

「でもお優しい。姫様は誰に対してもお優しい。だから」

「そ、そんなことは・・・」

「あるのですよ。姫様はお優しいから義政様を傷つけるのは嫌なのですよね。わかりました」

菫はすっと立ち上がった。

「これは、本来の代筆屋の仕事から逸脱する行為なのではありますが」

菫はいままでのない厳しい表情をつくり富子の耳元に口を近づける。

「むしろ私の本来の得意とする範疇。富子さまの涙を止めて差し上げるために、義政様の息の根を止めて参ります。」

「ちょっと!菫、あんた何言ってんのよ!冗談でしょ!」富子は驚いて声を上げる。」

「冗談ではありませんよ。刺し違えてでも・・えっ、富子様?」いきなり抱きつかれた菫。

「菫は何も責任を感じなくていいんだよ。菫は何も悪くないんだよ。」

「富子様?」

「ごめん、私、何言ってんだろう」

「私も失礼いたしました。おかしな事を申し上げまして」

「でも、私、どうしたらいいんだろう?」

「富子様、差し出がましい事を申し上げるのですが、ここは富子様ご自身の言葉で義政様にお気持ちをお伝えするのがいいかと」

「私自身の言葉で?」

「はい、富子様、ご自身が義政様と正面から向かわれるのが、いいかと思います。」

「そうね。でも菫、ずいぶんと普通の事言うわね。この間は、正面戦闘は愚策って言っていたんじゃないの?」富子の顔に笑顔が戻る。

「はい、このような場合は普通が一番だと思います。」富子の笑顔をみてほっとする菫。


そんなわけで、富子は自分自身で義政への返事を書くことにした。

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