【室町編】③★日々とても暇です
「あ~暇だよ、マジで暇、どうすればいい?竹林」私は大きな欠伸をする。
「はぁ?姫様、そういう事は歌の一つでも詠えるようになってから仰ってください!それに手が止まっております」
私は竹林から手習いの指導を受けている。筆頭侍女の彼女は、私の先生でもあるのだ。
この時代の貴族の女性はこんな暇を持て余していたのかと思うと本当にびっくりする。
竹林からは物語でもお読みになれば?と言われたが、一応、日本の歴史が得意な私だ。
この時代で広く読まれている文学作品は殆ど読了している。
「歌かあ、そう言えば今日は代筆屋がくるんだよね。お寺の坊さん?」
「代筆屋ではなくて、優秀な恋文の指南の方です。姫!何でも人にやらせようと思わないで下さい」
「恋文とか面倒くさいなあ」
「はぁ?それも、そもそも姫様が、義政様からの求婚をあんな形で断ったからです!」
「それはそうだけど・・・」
「だからきちんと文を交えて、お互いを良く知っていこうという提案ではないですか?それと義政様は姫様が思っているよりずっと素晴らしい殿方ですよ」
・・・それは確かにそう思う・・・
・・・足利義政・・・
・・・ほんの少しだけ言葉を交わしただけだけれど・・・
・・・悪い印象は少しもなかった・・・
・・・しかし歴史的事実としては、彼は最悪暗君・・・
・・・これも私のせいなのか・・・
義政には、今参局という想い人がいて日野富子との結婚後、彼女を側室に迎え愛情を注ぐ。
結婚当初から夫婦仲は微妙だったのである。
そして義政と富子との間に生まれた待望の男子がその日のうちに夭折したのは、今参局の呪いのせいであるという風評がたつ。
冤罪を受けた今参局は琵琶湖沖島に流されることになり、その途中で富子が送った刺客に殺されてしまう。
なお、最近の研究では、今参局は側室でなく乳母とあったとされている。
そしてそんな富子のほうは複数の男性と不義密通を重ねており、夫婦仲はまさに冷え切ったものなのであった。
「今は、そうかもしれないけど、竹林、前にもいったけど私は前世の記憶から未来がわかるんだよ、私と義政様が結婚すると・・」
「姫様、また、その話ですか?ちなみにその前世とやらには、この竹林はおりましたか?」
・・・いたよ、そりゃ、竹林は総括執事だし・・・
「竹林はうん、今と変わらない、私の大切な先生だった。いつも導いてくれていた」
「先生・・・そうですか・・・」
「そんな事より、こんな事ばっかりしていたら身体がなまるよ、太るよ」
富子は身体を動かしたい衝動に駆られていた。
そして前世の記憶を呼び起こす。
彼女は日本史以外の勉強や魔術が苦手であったが、運動神経がよく身体を動かすのが好きな快活な少女であった。
中学生の時にはテニス部に所属し、持ち前の明るく面倒見のよい性格もあって3年生の時には主将を務めていた。
そしてその見た目、優しそうな大きな瞳、整った鼻筋、少し日焼けした肌、やや茶色ががったウェーブ気味の髪をポニーテールにしている。そんな健康的な美しさを持った彼女は学内でも人気の的であった。
ときに上級貴族である五大名族の令嬢は、そのほとんどが幼稚舎から帝女(帝国魔術科女学院)に入学するのが殆どだ。
しかし彼女の両親は、娘に世間というものを知ってもらうために高校に入るまでは、あえて庶民や下級貴族の通う府立学校に通わせたのだ。
両親の目論見は半分はあたり、すなわち庶民に触れることによって彼女には強いノブレスオブリージュの精神が育まれたのであるが、半分は外れた。歴史以外は勉強が苦手な劣等生になったという形で。
ちなみにこの時代の教育機関はすべて男女別学である。
そして中学生活で最後の試合。
・・・あの時に、菫ちゃんに会ったんだよな・・・
帝国魔術科女学院中等部。
それが、彼女にとっての最後の試合、自らが通う京都府立第一中学(京一中)の対戦相手であった。
そしてそれは「御前試合」でもあった。
この国の名門貴族の通う帝女との試合。
それも御前試合である。
まあ、普通に考えれば「忖度」である。
貴族に華を持たせるのは、庶民の勤め、義務である。
しかし庶民の生徒たちは、かすかな希望を持っていた。
私たちの大好きな土御門富子様。
その家格の席次は2位である。
にも拘らずそれを誇ることも奢ることもなく誰にでもきさくに接する彼女。
そして不正を嫌い強い信念を持っている彼女。
彼女であれば、あの貴族たちの鼻を明かしてくれるかもしれないと。
試合の相手は、永園菫。
金髪碧眼の華奢な少女である。府内の大会では名前も聞いたことがない無名な選手。
そして永園は五大名族と言っても家格は五位であり、他家に対して格下と見られていた。
そして試合が始まり、終わった。
「ごめーん、みんな、あたし負けちゃって・・」控室に戻ってきた富子は部員たちの前で頭を掻いた。
ストレート負けであった。
土御門富子は永園菫に1セットもとれずに敗北したのである。
京一中のテニス部員たちは皆目に涙を溜めている。
「富子様!悔しい気持ちがわかります!だってわざと・・」
「えっ?」
「富子様は、後々、私たちへの嫌がらせを考えてわざと負けられたのですよね」
「いや、そんな・・」
「しかしあの永園って女、富子様より家格低いくせに」
「ねぇ、ちょっとその言い方はさ・・」
トントン・・
富子が何か言いかけた時、控室の扉を叩くノック音。
「中へどうぞ」富子は入室を促す。
「失礼します」
「永園さん?なんでここに・・」扉を開けて入ってきた金髪碧眼の少女を見て驚く。
「あの、その、皆さまに、お詫びを申し上げるために・・」
「はあ、なんのお詫び?」
「さっきの試合でわざと負けて頂いたことです。家格の低い私などに」
「えっ」
部員たちが永園菫につめよる
「そうよ!永園菫!あんたこそ立場考えなさいよ」
「富子様より格下のくせに帝女だからって」
「いい気になるなよ!永園菫」
まわりを囲まれて、ただ下を俯くだけの菫。
そして、ついに
「あんたたち、いい加減にしろ!!!」
富子は思わず怒鳴っていた。
「え、富子様?」
「あんたたち、私と何年付き合ってきたのよ!」
「富子様、いえ、だから」
「あたしが帝女に忖度する人に思えるの?あなたたちは私をそんな人間に見ていたの?」
「だから、それは私たちの事を思って」
「ブブー!残念でした!忖度してませーん、私は全力でした!全力でやって負けたのでした!」
「そ、そんな・・・」言葉を失う部員たち。
そして永園菫に近づきその細い身体をぎゅっと抱きしめた。
「永園さん、あなただって私が全力だったこと分かっていたんでしょ」
「土御門様、そんなことは・・・」
「あなたは優しい子だね。好きになりそう」
その言葉にたまらず、大粒の涙をボロボロと流す菫。
「あんたたち、これ以上、この子をいじめたら、嫌いなるよ。あなたたちも」
「富子様、も、申し訳ありません。」部員たちは涙目になった。
「ごめん、私も言い過ぎた。みんな悔しかったんだね。こっちおいでよ。」
「申し訳ございません、立場の弱い人の気持ちわかる富子様、それが富子様が大好きな理由でした。」富子の周りに集まり号泣する部員たち
「・・・差別とか家格とかそんなのない世の中になればいいのにね・・」富子は独り言ちる。
・・・それから菫ちゃんとも仲良くなったんだよね・・・
・・・でも、せっかく菫ちゃんと一緒の学校に行けると思っていたのに・・
、
「富子様、私は守りたいものができたのです。、そのためにもっと強くなりたいのです。」その言葉を残し士官予備学校に入学した菫。
・・・でも菫ちゃんの守りたいもってなんだったんだろう・・・・