【室町編】⑰★富子様にとって私はなんですか?
「富子様は、もし烏丸様が転生されていましたら、どうされるのですか?」馬を並べて田舎道を進む富子と菫。
「ん?あって話をするよ。そして悩みがあれば聞いてあげる。まいんは私の幼馴染だからね」
「烏丸様が転生していなかったら?」
「同じだよ。会って話をする。それだけ。だって私の幼馴染が転生するかもしれない人なんだよ」
「幼馴染ですか・・」
「うん、大好きな幼馴染」
「六分寺様がお付き合いされていた烏丸様は、富子様のご存じない烏丸様ですよ。そして私が知っていて、富子様も六分寺様もご存じない烏丸様に富子様の幼馴染を感じたことはありませんでした。」
・・・自分は何を言っているんだろう。そして何でこんなにイライラしているんだろう・・・と菫は思う。
「うん、どっちも私の知らないまいんだね。でもまいんが私の幼馴染なのは変わんないよ」
・・じゃあ、私は富子様にとってなんですか!・・・そう叫びたい衝動を押しとどめる菫。
「富子様、申し訳ございませんでした。」
「えっ?菫、何が?あ、あの屋敷だね」
立派な門構えの屋敷が見えてきた。
門の前には義政の側近の兵が周囲を警戒している。すでに義政は到着しているようだ。
屋敷の中に通され、有馬持家の娘、有馬今依に相対する富子。
有馬今依。
しみ一つない絹のように滑らかで純白な肌。
少しつり目ではあるが、強い意思を感じさせるような大きな瞳。
整った鼻筋にやや薄目ながら艶やかなピンク色で柔らかそうな唇。
美しくしなやかな黒髪は腰まで伸びている。
菫や桜とは違うタイプの小柄でスレンダーな美少女である。
そして瓜二つなのである。
富子の大好きなあの幼馴染に。
「日野様は、何、人の事、じろじろ見ているんですか!」その美少女に見とれていた富子は、険のある声で我に返る
「あ。すいません。思わず見とれてしまい・・・」
「はぁ?見とれて?そんなんじゃないでしょ!日野様はわたくしの貧相な身体付きを見て、内心ほくそ笑んでいたんでしょう!」
「いぇいぇ、そんな事は。有馬様はむしろ私の好みでして・・・」また余計な事を言う富子。
「あなた、名家だからといって、武家のわたくしの事を馬鹿にしているでしょう!」
いきなりの権幕に驚く富子
「ねぇ、菫?私のしらないまいんってあんな感じなの?」横で伺候している菫に耳打ちする富子。
「富子様、まあ、ああいう時もあったような、ないような・・・」歯切れの悪い菫。
「まあでも転生はまだみたいね」
「そのようですね」
「ちょっと、あなたたち、何コソコソと話しているんですか?わかったわ。あなたたち、わたくしの胸のないことを馬鹿にしているでしょう!」
「有馬様は、なんでそんな事を仰るのですか!!」思わず少し強めに声を上げた富子
「えっ、だって・・わたくしは・・・」途端、しゅんとなって下を俯く今依。
「あ、申し訳ありません。」自分の語気の強さを反省する富子。
「わたくしは、あんまり可愛くないので・・女らしくもなくて・・それで・・・」
「そんな事はないでしょう!有馬さんはすごく可愛い。今すぐに抱きつきたいくらい可愛い」
「富子様!」菫が富子の着物の端をむんずと掴む。
「だって父上が・・・」
「それはきっと有馬様が人目につくのを避けようというお考えからでしょう」桜の時と同じだと富子は考える。
「そうだ。その通りだ。日野様の言う通りだ、すまん、今依」いきなり部屋に入ってきた有馬持家が頭を下げる。
「お父様!なんで!なんでなのですか?そのためには私は生まれてからずっと屋敷の外には・・・」
「万人に一人、いやそれ以上のお前の超常の力ゆえだ。それを世間から逸らすために」
「しかしその努力虚しく、烏丸様のお目に留まってしまいましたね」と菫は冷たく言い放った。
「お父様、わたくしは烏丸などには行きたくありません。怖いのです。」今依はいつしか涙目になっている。
「すまん、今依。力のない父を許してくれ。」
「烏丸様には何やら不穏な噂もあります。今依様も何かに利用のために」容赦ないような菫の発言だが事実であろう。
「わかっている、わかっているのだ。それも承知の上だ」
「なるほど、そう言うことですか」いつしか義政も来ていた。
「烏丸には私も縁があります。魔道については私は何もしらないのですが、可能な限りお力になれればと思います」助け舟を出す義政。
「義政様!そうなのですか?じゃあ、いっそ今依様は義政の正妻にでもどうですか?今依様。義政様はこう見えて意外といい人ですよ」と富子。
「えっ?日野様!何を血迷って」
「富子様、意外といい人に対してその仕打ちは酷いですよ。まあいずれにしても、そろそろ出立の時刻です。農園からの帰りにまたここに寄らせて頂くことにしましょう」
「義政様、わかりました。じゃあ、今依様も後日」
そういって有馬の屋敷を後にした富子たち一行。
再び義政様たちと別れ、富子と菫は田舎道をゆるゆると進む。
あと半里ほどで目的の場所だ。
「菫。今依ちゃんってなんか気の毒だね」
「はい。富子様は、なんとかしたいとお考えなのですね。やはり幼馴染だから?」
「いや、幼馴染は関係ないかな」
「富子様」突然、菫は真剣な眼差しで富子を見つめる。
「菫、何?」
「あの富子様、あの、その富子様にとってわたしは何でしょうか?」
「えっ?何いきなり?「友達」とか、そういう言葉じゃだめだよね?」
「はい、それ以外で」
「なんだろう、まいんは幼馴染。桜は妹。良子お姉ちゃん、菫は・・・」馬上で考え込む富子。
「おーい、そこの娘さーん、ちょっと助けてくれ」いきなりの男の声に富子は思考を中断させられる。
ぶーんと田舎の匂いが漂っている。
「なに?おじさん」きさくに声をかける富子。
声を掛けてきた百姓の男は、肥えのたっぷり入った肥え桶を横において、腰を降ろしていた。
「ちょっと助けて欲しいんだべ、腰が抜けてしまってさあ」
富子は、菫の目を見る
・・・いいかな?・・・って言ってる目。
瞬時に菫は身構えて懐に手を伸ばす。
そしてその男の姿を一瞥し、周囲の気配を調べ懐から手を抜いて殺気を消す。
「はぁ、構いませんよ。富子様。お好きになさってください」少し固い笑顔を作る菫。
「あれ?菫は反対すると思っていたのに・・・」
「私は竹林様とは違います。ですが、くれぐれもあんまり汚れないようにご注意ください」溜息をつく菫。
「じゃあ、馬をお願い」下馬して手綱を渡す富子。
「はい、それとさっきの質問の答え、ちゃんと考えておいてくださいよ、富子様」
「はい、はい」そう言って百姓の男に近づく富子。
「おじさん、どうしたの?」
「腰が抜けたのさ、ちょっとこれをこの先まで運んでほしいのさ」
男が指指したものはたっぷりと肥えの入った肥え桶。
「おやすい御用よ」
そういってひょいと天秤棒を担ぐ富子。
一杯に入った肥えがぴちゃぴちゃと跳ねて富子の服を汚すが、そんな事にはお構いなしだ。
「お、娘さん、結構力あるのう」男は感心する。横に並んで歩きながら話始める。
「毎日、鍛えてますから」
「ここじゃ見慣れぬ顔じゃな」
「ええ、初めてですよ。ここには」
「こんな田舎になにしにきたんじゃ」
「ああ、よしま・・いや知り合いから紹介された変人に会いにいくのですよ、」
「変人?ほう、その変人とやらに何のために?」
「色々とね。畑作について教えてもらいたいからです」
「何のために?」
「何のためって、この国は今、米作中心で貨幣概念としての米が、いや、そんな事よりお芋とか育てる技術があればいざという時によいでしょう。飢饉の時とか」
「飢饉かあ・・」
「そう、みんなお腹がいっぱいなら戦なんか起きないでしょ」
「ほう、そうじゃ、そうじゃ、娘さんの言う通りじゃ。おお、ここで結構だ。」男は立ち止った。
「ここでいいの?おじさん」そういって担いだ天秤棒をおろす富子。
「うん、ここで結構。娘さん、この恩は一生忘れぬわ」
「一生なんて大げさだよ、じゃあね、おじさん。一応、期待しとくよ。」
そういって男と別れた富子は菫のもとに戻ってくる。
「ごめん、やっぱり少し汚れちゃった。どうしよう」少し悲しげな顔の富子。
「少しではないですよ。まあ、先方でお風呂でも借りることにいたしましょう。多分、先方でも」
案の定、豪農の屋敷についた富子と菫は、早速入浴を勧められた。
「こんな時間からお風呂焚いて待っていてくれるとか、流石は河内の豪農だよね」
「はあ、そうですね」
「じゃあ、入ろう。菫ちゃんも一緒に」
「と、富子様とお風呂ですか!」顔を真っ赤にする菫
「いやなの?」
「いや、そんな事は・・あ、そうだ、護衛です、護衛、当方滅亡みたいな事にならないように護衛です」
「なにそれ?太田道灌」
「そ、そうです。お風呂で富子様が襲われないように護衛させて頂きます。」
服を脱ぎ、一緒に湯舟につかる二人。
浴槽の中で身体が触れる度に身体を硬直させ、身体を離そうとする菫。
「もっとこっちに来なよ、菫ちゃん」
「あ、はい・・」
「服着てるとわからないけど菫ちゃんも結構胸あるね」
「富子様、恥ずかしいです」
「それでさ」
「はい?」
「彼女」
「富子様、何を?」
「さっきの答えだよ。菫ちゃんが私にとっての何かって言う質問のだよ」
「か、彼女ですか!」
「うん、彼女だよ。それ以外、思いつかなかった」
ブクブクブクブク
いきなり菫は自分を顔を浴槽に沈める。
・・・わたしが富子様の彼女?・・・・
・・・想像もしていなかった答えだ・・・
・・・だけど涙が出るほど嬉しい答えだ・・・
・・・いや、涙が出ている、止まらない・・・
・・・私、水の中で長い時間、息を止めることができてよかった・・・