【室町編】⑯三魔
「良子お姉ちゃん、会いたかったよ!」そう叫んで富子に抱きつく良子。
「良子姉ぇ、いや、それ物凄くわかりにくいからっ」今までにない呼ばれ方に困惑する富子。
「いやでも・・」
「良子姉ぇ。だけど私も思いだしたよ。土御門の家に養子に行くまでは私たちはなんでも一緒だったね。服も髪型も一緒。好きな玩具も。食べ物も。」
「女性の好みもだね」
「あは、それはどうだったかな。でもその時はそれでいいと思ってた。わたしたちは双子だから、それが当然だと思っていた。」
「私もそうだったと思う」良子は同意する。
「だけどあの日、土御門の家に行く日に、私、思ったんだよ。もしかして双子姉妹の姉ってものから何か違うものに変われるんじゃないかなって」
「違うもの?」
「日野の双子の姉ってだけじゃない、それとは全く関係なく土御門富子って一人の人間になれるじゃないかなって。」
「良子お姉ちゃんは、いや、富子はその何かになれたの?」良子は呼び方を元に戻した。
「うん、なれたよ。だから日野良子は、土御門富子になったんだよ」
「でも、土御門富子になったからあんな事件に巻き込まれて・・・」
「土御門富子になって11年間。本当に毎日楽しかったよ。全部が良い思い出だよ。何一つとして後悔なんかしていない。だから良子姉ぇは、私が土御門富子じゃないないて、そんな悲しいこと言わないでよ。」
「ごめん、富子、私・・・」下を俯く良子。
「だから、良子姉ぇも、良子姉ぇでいいんだよ。これからもすっと私の大好きなお姉ぇちゃんでいてくれていいんだよ」
「本当にいいのかな・・・私も・・・私も妹が大好きなお姉ぇちゃんでずっといていいのかな?」
「いいに決まっているよ。だってさ、良子姉ぇは、転生して、今、やっぱり良子姉ぇになってるじゃん。それが何よりの証拠だよ!」
「ありがとう富子・・私も・・・救われた気がする」そういって良子は肩を震わせた。
「あの、姉妹水入らずのところすいませんが、いい加減宜しいですか?」竹林には、このやとりも良子と富子の遊びの続きと思ったらしい。
「富子様。本日、義政様にわざわざご足労頂いたのは、何か用件があったからではないですか?」呆れたように言葉を続ける。
「ああ、そうだった」用件を思い出した富子。もとより双子当てが目的ではない。
そして長い事放置していた大切な来客のほうを向く。
「義政様、本当にすいません。実は私、畑を、大規模に耕作している畑というものを見てみたいのです。」
「富子様、畑ですか?」義政にとって富子の発想は常に面白い。
「はい、特に芋とかそういうやつの」
「しかしなんで富子は畑なんかみたいの?」良子は訝しかる。
「確かに富子様は、あの怪我以来、庭でも畑をやり始めていますね。おかげで折角のお庭の造作が台無しです」竹林は恨めしそうな顔をする。
「いやあ、あのさあ、飢饉とかそういうの少しでも防ぎたくて・・」富子は自分でも偉そうな事言ってると思ったのか少し恥ずかしそうだ
「流石は富子様です!ちなみにどのような作物をお考えなのですか?」菫は感激する。彼女は幼少の時に自分の村が飢饉に襲われた経験があったのだった。
「うーん、お芋とか。ジャガイモとかあればいいけど・・」
「ジャガイモ?聞いたことのない作物ですね」その名前に義政は怪訝な表情を作る。
そりゃそうだ。ジャガイモが南蛮から渡来するのは、もう少し時代が下ってからである。
「あ、すいません、ジャガイモはまだ日本に入ってきていませんね。これから南蛮から渡ってくるもので・・」と富子。
「はは、これも富子様のいつもの未来予知ですか。しかし、なるほどそういうわけで豪農を見学したいと」義政は納得したようだ。
「義政様。はい、そうなのです。どなたかご紹介いただけないかと」富子は殊勝に頭を下げる。
「うむ、河内の国に知り合いの武家がおります。少し変わり者でね。頭脳明晰で人望も厚い。本来はもっと世に出るべき人物なのですが、立身出世というものに全く興味がない。田舎に引きこもって、農民たちと毎日に泥まみれになっている奴です。確か南蛮の作物の研究もしていると聞いたことがあります。」
「素晴らしい!是非ともそのお方に!」富子は声色を上げる。
「富子様、まあ、落ち着いて下さい、私も久方ぶりに彼の顔でも見たいと思うので一緒に行きましょう。」
そういって義政と富子は河内の豪農への訪問の調整を行う。
「では、そちらのお供は永園様ということでよろしいですな」
「はい、それでお願いします。」
一応の段取りの目途がついて、富子はふと、いままでずっと心に引っかかっていた事を思い出し、義政に尋ねる。
義政の最愛の女性であるお今の事だ。
「富子様、今参局ですか?そんな名前聞いたことありませんし、大舘満冬に娘などおりませんよ」
「では、義政様の乳母のお名前は?」
「私に乳母などはおりません」
「では、他に身近にお今という名の女性などは?」
「おりません」
義政の言葉に嘘はなさそうだ。
「そうですか・・・」残念そうな富子。
「あ、そう言えば、有馬持家の娘がそう呼ばれていた記憶があります」ふと思い出したように義政は言う。
「有馬持家の娘!」
「はい、有馬今依という女性です。年は富子様と同じくらいの。」
有馬持家の娘、有馬今依。
彼女は後に烏丸資任の養女となり、烏丸将軍家の始祖となる人物である。
ちなみにお今と有馬持家と烏丸資任の3人は、義政政権を影で操り、後に「三魔」と呼ばれるようになる。
世間では、彼らを「幕府に巣くう三人の魔物」と見て、そう名付けたのだが、その実態は少し違う。
有馬と烏丸は古来この国を代表する魔道の家なのだ。
烏丸将軍家が成立してから五つの魔法系統は、それぞれ五大名族によって管理、継承されていく。
しかしそれ以前は、この有馬家と烏丸家によってほぼ独占されていたのである。
さらに古来より伝わる魔道に家の名前こそが「鴉魔」と「在魔」。
ともに魔道の家であることを指し示す「魔」の文字を関している。
有馬と烏丸という表記は、実は後の当て字なのである。
ところで、有馬と烏丸が2大勢力といったが、実態として烏丸のほうが家格も勢力も遥かに上である。
名門貴族の烏丸に対して武家の有馬という身分差もある。
そんな事情もあり、有馬持家が自分の娘を養女として迎え入れたいという烏丸資任の申し入れに抗し切れなかったのだ。
いやいや、そしてそんな事より、今、富子にとって重要な話は、
有馬今依こそが「自分の大好きな幼馴染のご先祖様」だってことだ
「どうされました?富子様?」口を開けたままの富子に思わず声をかける義政。
「え、いや、その・・」富子はしどろもどろになる
想定外の事実に気付いた富子の頭は混乱している。
・・・今参局は、大舘満冬の娘ではなく烏丸今依だったのだ・・・
・・・彼女は大切な幼馴染のご先祖様なんだ。・・・
・・・お今は日野富子に殺されてなんていなかったのだ。・・・
・・・私の記憶違い?それとも・・・
そして義政に接近したお今は彼を騙して驚天動地の事件を引き起す。
この国の戦乱と混乱にさらに拍車をかける。
足利将軍家を滅ぼし権力の頂点に立つ。
これも混乱と混沌の時代のせいなのか?
それは違う!!
富子は直感的にそう思った。
・・・時代のせい?それだけじゃないはずだ!・・・
・・・私の大好きな幼馴染のご先祖様がなんでそんな事をしたんだろうか?・・・
・・・今参局は自ら望んであんな事をしたのだろうか?・・・
・・・私はその理由を知りたい・・・
・・・いや知らなくてはいけないと思う・・・
・・・だって、私の大好きな幼馴染が転生するしたら、それは、まさに烏丸今依になんだよ・・・
・・・彼女がもし自分の行為によって苦しむような事があれば?・・・
・・・今依が何か大きな業によってそんな行動を取らざる得ない事になっていたとしたら・・・
・・・そんな事は絶対にさせちゃだめだ!・・・、
・・・私は絶対に彼女を救わないといけないんだ!・・・
「義政様!私は有馬持家の娘、今依様にお会いしたいのです!!」富子は叫んでいた。
「富子様、また唐突ですね。ですが富子が何かやりたいと仰ることは、いつも何か重要な意味があると私は思っています。」
「ありがとうございます」
「有馬は私の古くからの友人です。私も久しぶりに奴の顔を見たいと思う。では今度の河内へ行く途中で有馬の屋敷にも立ち寄ることにいたしましょう」
「恐れ入ります」富子は素直に頭を下げる
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ここはとある公家の屋敷。
屋敷の主は、側近を集めて謀議をしていた。
「御所様、細川勝元の憑き物が落ちたとのこと」
「ふん、やつの力など所詮は飯綱の法、幻術の類、亜流に過ぎぬわ」
「勝元と言えばやつが拘っていた宗全の娘ですが、今は蔵人右少弁殿に匿われているとのことで」
「そうか、しかしあの娘も、とんだ見込み違いであったのう。まあ、そもそも当家は五大術式の本流。五大の理から外れたものなど捨て置け。捨て置け。」屋敷の主は、吐き捨てる。
「そういえば蔵人右少弁殿の富子という娘ですが、義政様とともに河内に巡検するという話がございます」
「なに?日野富子か!」日野富子という名前に屋敷の主は、眉を吊り上げた。
・・・日野富子、あの義政からの婚姻を断ったという娘・・・
・・・色々と常識外れの事をする女らしいな・・・
・・・しかし、まあ、そのおかげで、こちらも義政に対して色々な切り札が使えるようになった・・・
・・・いずれこちらの手に入る有馬の娘も・・・
・・・日野富子は、なかなか良い動きをするではないか・・・
・・・そして今回、義政を無理やり京都から連れ出そうとしている・・・
・・・これは事を進めるための好機ではないか?・・・
「そういえば近々に将軍義教を招いた茶会があったな?」屋敷の主は側近に確認する
「赤松満祐が主催するものがございますが」
「そうか、よしわかった」屋敷の主は意を決したようであった。