【室町編】⑩★鬼が産んだ娘
私の名前は、春。
山名熙貴様の娘で山名政豊様の妹。
そう言われておりますが、子供の頃の記憶が全くないのです。
おぼろげながら覚えているのは約4年前の事。
そこで何が起きたのかは、正確には覚えておりません。
何十人もの人たちが、死人のような形相で私に襲い掛かってきたこと。
それが、ただただ恐ろしかったこと。
そして突然大きな光の渦の中に巻き込まれたこと。
それがとても眩しく、温かかったこと。
お父様もお兄様もそれは夢だと笑います。
4年前に私が高熱を出して過去の記憶を失ったんだろうと言っています。
見ての通り私の姿は恐ろしいのです。
私の姿は異形です。
巷では、私は鬼が産んだ子供と言われているようです。
この醜い容姿では、そう言われて当然だと思います。
だから父は、私が世間の目に触れないようにしているんだと思います。
こんな私のせいでお父様やお兄様が回りの人からひどく言われていることも知っています。
「山名熙貴の娘、山名政豊の妹は醜い鬼である、これは山名の奢りが招いた天罰であろう」と。
・・・だから私は・・・
・・・周りに不幸しかもたらさない存在・・・
・・・この世の中には不要な存在・・・
・・・そんな私が、生きている意味があるのでしょうか・・・
・・・だからここで私が死ねばみんな幸せになるのです・・・
・・・私なんか最初からいなければよかったんです・・・
・・・だから・・
・・・でも、なんで???!!!!・・・
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「富子様、あとはあいつらだけですが・・」庭の兵士をあらたか始末した菫が指さす方向を見る富子。
最後に残った2人の武士が少女の横で、その細い首に刃をあてがっている。
「いかがいたしましょうか?」菫は富子の目を見る。
菫であれば、残った2人の兵士を狙撃するのは容易いのだが・・・
その少女は顔を上げて、富子と菫に、その表情を見せたからだ。
それは助けを請おうとしている表情でも、助けが来た事に対しての安堵の表情でもない。
まるで全てを拒絶するような恨めしくも絶望に満ちた表情である。
富子は菫を手で制する。弓を下す菫。
富子はゆっくりと少女に近づいていく。
「山名熙貴様の娘、春姫様ですね。私は日野富子と申します」
「こちらに来ないで下さい!」春姫は拒絶する。
「はあ・・・」
「なんで私なんかを助けに来たのですか!」
「まだ助けると決めたわけでないですよ」
「日野様、では、私のことは放っておいてください!」
「春姫様にはお兄様がおりますね」
「日野様、黙ってください!お兄様は関係ありません!!」
「春姫様は、お兄様がお嫌いなのですか?」
「これ以上、私に話しかけないで下さい!」
「お兄様は春姫様にお優しくされていないのですか?」
「日野様、だから、お兄様は関係ないと申しております。お兄様のためにも私がここで死ねばいいいのです!」
「さて、春姫様がここで死ねば、政豊様が喜ぶというのですか?」
「日野様、そ、そうです。だから、いい加減にしてください!」
「春姫様、ここで死んだらもう政豊様にお会いできなくなりますが・・」
「日野様!もうやめて!もうやめてください!」
「春姫様に本当に死にたいのですか?」
「うるさい!!うるさい!!うるさいよ!お前!」
「春姫様は政豊様にもう会えなくなってもよいのですか?」
「ち、違う、違う、違う」
「本当にそれでいいのですか?」
「そんな、そんなの、そんな事あるわけないじゃん!でも、もうだめなんだよ!」
「では、本当は、春姫様はどうなさりたいのですか?」
「私は・・・」
「春姫様はどうしたいのですか?」
「日野様、そんな事、わ、わかりますでしょ!」
「さてなんの事か?私にはわかり兼ねます。だから春姫様のご自身の口でそれを教えて頂けませんか?」
「私は、、、私は生きたい、生きたい、行きたいよ!そしてもう一度、お兄様に会いたいよ!
「それで?」
「だから日野様!!助けてください!!私を助けてください!!」
「菫っ!」その言葉を待っていたかのように富子は菫のほうを振り向く、
「了解いたしました。」
バシッ!バシッ!
一瞬にして菫の強弓が残っていた武士たちの頭を吹き飛ばした。
富子は春姫の縛めを切り落としてやる。
「ありがとうございます、日野様、それにそちらの方も・・・」春姫は富子によりかかり大粒の涙をボロボロと溢す。
「春姫様は、私たちに助けてと仰りましたね。だけれど人は自分で助かるものなのですよ。」
「確かに春姫様ならこの状況ならご自身のお力でも・・」菫は意味深な事を言う
「えっ?菫、何それ?」
「詳しくは、後ほど」
富子たちは、春姫を連れて山名の屋敷に戻り、事の次第を宗全と政豊に説明する。
疲れ果てた春姫は寝室に入り休んだようだ。
富子たちは、宗全から春姫の出自の話を聞く。
やはり春姫は、宗全が4年前にある山村で拾ってきた子供だという。
その話を聞いて、菫が口を開く。
「かつて失われたはずの死者を操る術を復活させた者がいたという噂を聞いたことがあります。
その者は、自らの術式の実験のためにある山村に行き村人を毒殺した上、蘇生術を施したというのです。それと宗全様、春姫様に何か特別な力はございませんか?」
「さすがは菫殿。察しがよいな。さよう春姫には不思議な力がある。実は、あの子の右手には傷や病気を癒す力があるのだ。
また以前、春姫が薬師が間違って調合した猛毒を飲んでしまったことがあるが、全く何もなかったのだ」宗全は打ち明けた。
「その特別な体質ゆえに毒がきまず、あまつさえ蘇生術を受けた死人を浄化させたということでございましょうか」納得する菫
「今回の事件も似たような感じがいたします。当家に訪問していた各将の手勢が突然苦しみだし、地に伏した。その後、死んだような形相で襲い掛かってきたのです。」政豊は今日の事件を振り返る。
「政豊様、これから春姫様をどうなされるおつもりですか?」富子は尋ねる。
「妹のことで俺も色々と言われていることもあるが、いままで通りに私が妹を守り・・・」
「あの子、春姫様はとても優しい子です。ここに居て、宗全様や政豊様に迷惑がかかると心を痛めているのです」
「日野殿!迷惑なんて、そんな!」
「出入の多い山名様のお屋敷で、春姫様を守るもの限界がございましょう。何より春姫様も窮屈を感じていると思います。」
「それはそうであるが。。」政豊はうつむく
「で、ここに、山名のお姫様を攫ってしまい、その身を行方不明にしてやろうと思っている不逞の輩がおりますが」富子は笑顔を振り向ける。
「ハハハ、よし、わかったぞ。日野殿、どうか春の事を頼む。政豊もそれでよいな」宗全は富子の言葉に同意する。
「は、父上がそう仰るのであれば」政豊も承諾する。
「富子様、私は反対です!春姫様を庇護することで富子様の身の危険が上がると考えるからです。」菫が声を上げる。
「菫ちゃん、ごめん、本当にごめんね。だってそれで一番苦労するのは菫ちゃんだもんね」
「いや、そういう意味では、そういう意味ではないのです」
「わかっているよ、菫。じゃあ、今晩も私の警護をお願い」
その言葉に菫は口を閉じる。
かくして、春姫は日野富子の元に匿われることになった。