【室町編】①★将軍家の御令嬢
「あーあ、今日は魔術実技の試験か。まじでやばい。また補習とか勘弁してよ」
幼馴染と一緒に校門へと続く長い並木道を歩きながら只々溜息をつく私。
えーと、私の名前は土御門富子。
権威・格式の上ではこの国の最高峰という言われる「帝国魔術科女学院」、通称「帝女」の貴族科に通っている高校1年生。
そして一応、この国の五大名族の一つ土御門家の跡取りだ。
五大名族。
それは、今を遡ること500年以上昔、一般的な時代区分としては「室町時代」と呼ばれる時代に、時の将軍家足利氏にとってかわり、この国の政治と軍事の最高権力を握った烏丸将軍家とその協力者である日野、土御門、六分寺、永園の4大貴族を指す。
まあでも、五大名族の跡取りと言ってもその権威と権勢は、私の隣を歩く幼馴染には足元にも及ばないけどね。
「だから、とみちゃん、無理して帝女になんか来なくてもよかったのに・・」
わたしのことを「とみちゃん」と呼び、きさくに声をかけてくる幼馴染。それが烏丸麻衣。
この国最高の権力者「烏丸将軍家」の御令嬢である。
長い黒髪をツインテールにしている少しつり目ながら切れ長な美しい目もとの華奢な美少女である。
わたしは彼女の事を昔から「まいん」と呼んでいる。
さっき、私はこの幼馴染に権威と権勢で遠く及ばないと言ったのだけれど、それは能力においても同じ。
私の得意科目は日本史だけ、不得意はそれ以外全部、特に五大名族として最も重要な魔術がからっきしなのに対して、彼女は学業優秀で全ての科目で学年主席である。
えーと、それと、今さらの説明で申し訳ないのだけれど、私たちの生きているこの世界には、魔術と科学力の双方が発展している。
異なる特性をもつ2つの技術が補完しあって、この世界の産業経済を回しているのである。
ちなみにこの世界の魔術には「地・水・火・風・空」の五大系統と「光・闇」という2つの亜系統がある。
この五大は、言わずもがなこの世界を構成している五つの要素を指し示す。
五大名族の五大もそう。5つの大きなという意味でない。
そして、それぞれの魔術系統を使えるのは、それぞの五大名族の血縁に限られている。
「地」は土御門、「水」は六分寺、「火」は日野、「風」は永園。そして「空」が烏丸である。
だから、「基本的には」一人の人間が使える魔術系統は1種類ということなる。
加えて補足するならば、五大名族を補佐し守護する統括執事として、竹林家というのがある。
この竹林家の血族が使える魔術系統が「光」である。
なお「闇」については、建前上は存在しないことになっている。
あくまでの建前上の話であるが、実際は「闇」魔術の能力者は多数存在していて、その多くは裏稼業を営んでいる。
そして政府もこの「闇」魔術の能力者を対外戦争や謀略、治安維持のための汚れ仕事に利用しているのだ。
この「闇」魔術の能力者とそれを利用した犯罪がこの国の大きな社会不安なのであるが必要悪という側面もある。
さておき、先ほど「基本的には」一人の人間が使える魔術系統は1種類と言ったが、これには例外がある。
ごく稀に複数の属性の魔術を使える異能者が生まれてくることがあるのである。
そして殆どの場合は、烏丸家の血縁者だ。
史実によれば、烏丸家の初代将軍となった烏丸今依は五大属性魔術の全てが使えたという。
その強大な魔術力を使い、時の将軍家足利氏を打ち滅ぼしこの国の実権を握った。
ちなみにこの五大系統魔術を全て使える異能者が現れる確率は、一説によると無量大数分の1以下らしい。
そして私の隣で、きさくに振る舞うこの少女もまたそういった異能者なのである。
だからと言って、私が彼女に変に気を使ったりすることはない。
最近は、もしかしたら、まずいかなあと思いつつも、まあ昔からの幼馴染だからいいかと思っている。
「そりゃ、無理するでしょ、劣等生の私でもがんばるでしょ、まいんと同じ学校に行くためには」
私は大好きな幼馴染に対して普通だと思うことをだた言っただけと思っていたのに、麻衣は顔を真っ赤にした。
「もう!とみちゃんの特殊スキルって魅了じゃないの?」麻衣が私に対して見せるこういう必要以上の好意は可愛らしい。
「まいん、何、失礼なことを!、そもそも魅了って闇の・・えっ!!!」
その瞬間、私の頭に電撃が走った!!!
まるでスローモーションシーンを見るように!!!
1発のライフル弾がぐるぐると回りながら麻衣の頭に向かって飛んでくる!!
頭を打ち抜かれて倒れる麻衣!!!
・・・超短未来予知・・・
それが劣等生の私が生来もっていた特殊スキルであった。
30秒後とか1分後とか。その程度の未来が予知できるだけのつまらないスキルである。
「まいん!だめえええええ!!」
自分でも気づかぬうちに私は麻衣を突き飛ばしていた。
そして次の瞬間、トンカチか何かで頭を勝ち割られたように強い衝動を受けて、目の周りが真っ暗になった。
麻衣の泣き叫ぶような声が聞こえているような気がする・・・
・・おい、お前、ターゲット間違ったぞ!・・・・
そんな声が聞こえたような気もする・・
そして麻衣の泣き叫ぶ声は徐々に小さくなっていく・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれ、今のなんだったんだろう?
頭が割れるように痛い。
そういえば、頭をぶつけたような気がする。
もしかして記憶喪失?
えーと、私は誰?ここは?
私の名前は日野富子。
・・・あ、大丈夫か・・・
公家の名門家系日野重政の娘として生を受け、今は康正元年(1455年)だから私の年齢は16歳か。
・・・うん、記憶のほうは大丈夫みたい・・・
・・・でも、さっきのなんだったんだろう。もしかしてこれが前世の記憶ってやつか・・・
・・・それにしては、随分とおかしな服装をしていた気がする・・・
・・・最後に聞いた声は聞き覚えがあるな・・・
・・・いやいやそんな事より、今日は、父日野重政と花の御所に来ていたんだっけな・・・
私は思い出した。
時は数時間前に遡る。
初めての室町御所に興奮した私はあちこちを走りまくった挙句に、父とはぐれてしまったのであった。
そこで私は一人の青年に出会った。
緑がかった黒髪、透けるような白い肌に切れ長の細い目。
いにしえの歌人在原業平を彷彿とさせる美丈夫であった。
そしてその年には思えないほど、落ち着いていて、なんとも言えない上品さが漂っている。
誰だかわからないけど、きっとやんごとなき身分の方かもしれないわ。
これはしっかりと友好関係を結んでおかないと。
そう思い、私は声を作って美丈夫に声をかける
「こんにちわ。ここは本当に素敵な御所でございますわね。これも、この国を統べる室町様のお力の表れなのでございましょうね」
「そうですか、君には今の幕府に力があると見えるのですか?」
「ち、違うのですか?」
「幕府には、もう力なんてありませんよ。地方では一揆や横領が蔓延って関銭や津料の収入もままなりません、山城からの税収もしかりです。」
「そう、なんですか?」
確かに私の父も、常に「金がない、金がない」と言っている
名門日野家とは言えやはり台所事情は火の車らしい。
私は、もっと贅沢がしたいと日々思っている。
もっとお金があればなあと日々思っている。
奇麗な装束を沢山揃えたいし、美味しいものも食べたい。
だから、私は思わず口にしてしまった。
「でしたら、もっと関所を沢山つくって関銭をとればいいじゃないですか?」
「お前、すごいなあ」
その青年は、びっくりしたように私のほうを見つめる
「えっ、ありがとうございます。こんな事を言うと父母もはしたないって言うんですよ。
でも、私、将来は権力を得て、沢山お金を稼いで、贅沢をしたいのです」
し、しまった!ついいつも癖で思っている事を言ってしまった、
しかしその青年はそんな私の発言にひくでもなく・・
「そうか、じゃあ僕も頑張らないとなあ・・」
そう言って私に背を向けて速足で歩きだした。
「もし、あの、あのお名前を!」
私は慌てて、その青年を追おうとした。
その瞬間、湿った地面に足を滑らせて、転んでしまった。
庭石との闘いに敗れた私のおでこはざっくりと割れ、鮮血が噴出する。
白い庭石がみるみるうちに赤く染まっていく。
そして私の頭の中で世界がぐるぐると回っていったのだ。
屋敷の寝室で目を覚ました私の姿を見て女中たちが大騒ぎしている。
「姫様、し、失礼いたします。」
粥の入った椀をもった女中が匙に粥を入れて私の口元におずおずと運んでくる。
「あ、いいですよ、自分で食べますから」そういって私は女中から手から椀をとりあげて、椀に口をつけて一気に啜りこんだ。
私はとてもお腹が空いていたのである。
「味、薄っ、あ、ご馳走様」そう言って椀を返す私。
「姫様!」唖然とする女中たち。
「あ、?もしかして私のキャラ設定違っている?」
女中たちは、私の喋り方にも、発する単語にも理解不能といった面持ちである。
・・・えっ、何この言葉?・・・
「あ、あのわたくし、頭を打った影響でちょっと混乱しているようなので、少し横になります」そう言って女中たちを下がらせた。
そして一人になった私は、先ほどの記憶。銃弾が飛んできたあの時のイメージ思い起こす。
すると、まるで白いテーブルクロスにコーヒーを溢したが如く、あの時から遡った16年間の記憶がじわじわと浮かび上がってきた。
優しい父と母の姿。幼馴染のまいん。そして特に唯一の得意科目で日本史の知識で室町時代の歴史を追ってみた。
長禄2年以降の日本の歴史が詳細に浮かんでくる。
こんなの即興の想像でできるわけないな。
そして確信した。
2021年9月。魔術科女学院の劣等生である私は大好きな幼馴染のまいんの身代わりとなって射殺されてしまったのだと。
そして過去の時代に、日本三大悪女の一人という不名誉な綽名をもつ私のご先祖様に転生してしまったのだと。