ツッコミが遅い
連合国中心部。
そこには、まるで絵に書いたような城が建っている。
城と言うよりは図書館のようなデザインだからか、城の中は過去の資料や文献を保護する倉庫のようになっていた。
昔は普通の城だったらしく、ところどころ大砲が窓の隅っこに置いてあったりする、無論、手入れはされているので撃とうと思えば普通に撃てる。
そんな昔は城、今はほぼ倉庫の城の名は『ヴェクテルの千年時計』と言う。
城なのになぜ時計と言われているのか、それは誰にも分からない。
今もなお、ヴェクテルと言う言葉の意味と、なぜこの城が千年時計の名を冠するのかは謎のまま、調査が進められているらしい。
「とまあそんなわけで、来ました避難所兼駐屯地!」
「母さん、幻覚と話すのはやめろ」
何なのよもーとシンリがぶーぶー言いながら、三人は城に入った。
横にも縦にも奥にも広いその廊下には、包帯を巻いた騎士がちらほらいた。
大きな盾を持っている、恐らく守護隊の団員だろう。
アルタイルがシンリの手から慌てて手を離した後、一人の団員の目の前にしゃがみこんだ。
腕の骨を折ったのか、右手がギプスで固定されていた。
いやそれだけではない、地面に寝かしつけられたその体は、血が滲んだ包帯が巻き付けられ、肌の色も悪くなっていた。
黒鞘が口を押えしゃがみ込む。
シンリが黒鞘の背中をさすり、目元に手を置く。
アルタイルは今にも死にそうな団員に問うた。
「・・・・・・未練、あるか?」
それを聞いて、団員は三秒ほど口をぽっかり開けた。
何か思わせぶりな声色の問いに対し、団員は口だけ動かした。
「はは・・・・・誰だか知らねぇが、死に体にそんな質問するやつぁ初めてだぜ・・・・」
ボロボロの体でボロボロの笑みを浮かべる団員は、アルタイルを見ながらこう言った。
「そんなもん、この状況で考えさせるとかお前は鬼畜か?」
今にも死にそうな人間の顔ではなかった。
笑い顔は豪快で元気強く、とても今すぐ死にそうには見えない。
傷が無ければただのうるさい男に見えるほどだ。
アルタイルは、男の答えを聞き届け、男の瞼をそっと降ろした。
暫く瞼を降ろした男の顔を見たまま、アルタイルはゆっくりと立ち上がった。
「行こう、母さん」
黒鞘の目元を抑えるシンリを横切り、アルタイルは兵がいる場所へ歩いて行った。
「・・・・・・・・・」
シンリは少し遅れてから、黒鞘に言う。
「行きましょう、黒鞘ちゃん」
そう言って、シンリは黒鞘に肩を貸しながら、ゆっくりとアルタイルの後を追った。
と、そこに一人の騎士が走り込んできた。
「シンリたいちょーう!、お久しぶりデース!」
シンリはその声を聴き、横を向く。
すると、肩を貸していた黒鞘のことなど忘れ、その騎士の方に走っていった。
「ペー君!?、ぺー君だよね!?、あのいつも骨折ってたぺー君!」
「イメージがひどいのは相変わらずですね・・・・・・まあそうです、ぺレウスです」
「ま~こんなに立派になって!、どのぐらい出世した?」
「ええまあ、それなりに」
愛想笑いを浮かべるこの騎士、名前をぺレウスと言う。
シンリがまだ特攻隊の現役隊長だった頃、よく訓練の時骨をボッキボキに折っていた騎士である。
華奢な体は昔とさほど変わらないが、気迫が昔よりはマシになったと思う。
ぺレウスに何か言おうとしたシンリは、思い出したように放り投げた黒鞘を担ぐ。
それを見たぺレウスは不思議そうな顔をしながら、担がれた黒鞘を指さす。
「シンリさん?、まさかアルタイル隊長に妹でも作ってあげるおつもりですか?」
「違うわ、この子はあの子のお嫁さんよ~じゃあね~」
「ははっ、お嫁さんですか、お孫さんが楽しみですね!」
走り去るシンリを、ぺレウスは手を振って見送った。
シンリの背中が曲がり角で見えなくなり、ぺレウスは手を下げる。
「・・・・・・・・・・お嫁さん・・・・・・?」
顔をしかめて近くの壁に1ツッコみ、ツッコむのが遅いぞぺレウス君。