親子
アホな言い争いから時が経ち、シンリと黒鞘は話しながら避難していた。
所々襲って来る機神兵には何度やっても慣れないが、虫を払うようにシンリがぶっ壊すので慣れかけているのが現状である。
と、シンリが話しながら機神兵を殴り潰した後、黒鞘の方を向いた。
「ゑ、あの子黒鞘ちゃんに30歳なんて言ったの?、あの子の目はビー玉なのかしら」
「そ、そうだと思います、だって私まだ十六ですし」
「アルタより年上ェェェェェ!?ファッ⁉」
機神兵を羽虫のように扱うシンリが持っていた残骸を握り潰し、ハイテンションな絶叫をすると、黒鞘は呆れを堪えながら、苦笑いを浮かべる。
特攻隊の十三代目隊長は頭がよろしくないとは聞いていたが、まさかこんな脳筋スイーツ系の十七歳トンデモマザーだとは思わなんだ。
こんなんでも特攻隊ってまとめられるんだなー、そんな不敬で罰則レベルの思考が頭に浮かぶ。
悪い人じゃあないんですけどねぇ、そんな独り言を漏らすと、そこで疑問が生まれた。
「・・・・・・えっと、失礼ですがアルタさんおいくつですか?」
アルタイルの年齢。
見たところ二十歳に行くか行かないかぐらいの年齢だったが、年下?。
十六より下なら十五かな?、と、そう思っているうちにシンリが答えてきた。
「えーっとね、十四、まだまだガキんちょよ」
あーやっぱそのぐらいだよな~、と、心の中で納得する。
いや、こんな阿呆のことだからもしかしたら奇天烈な回答が来てもおかしくないと思っていた自分がいたのだよ読者たち、恐るべしド天然。
「ねえ、あの子と友達になってくれる?」
いきなり、シンリが顔を覗き込んできた。
思わず倒れそうになったが、この人ははそれを指一本で止め、私の体勢を元に戻してくれた。
それから耳元に顔を寄せ、小さい声で。
「あの子、ああ見えてコミュ障なのよ」
(いや知ってます、初対面であんなこと言われちゃあねぇ)
心の声が顔に影響したのか笑ってしまい、その顔を見てシンリは少し不思議そうな顔をした。
「私、何かおかしなことでも言った?」
「まあ言ってますね、うん、すっごく」
ド正論をぶちかましたのに、シンリはブレずに尋ねてくる。
「んで?、あの子とは友達になってくれるの?」
「人の話を・・・・・・」
呆れた声で言いかけた黒鞘たが、ふと思う。
その場で少し立ち止まり、目を閉じる。
慌てて立ち止まったのか、シンリは「どうしたの?、お腹でも痛いの?」と尋ねてくる。
問いに答えない私の肩をつつき、ほっぺを膨らます。
ああ、全てが■■■しい。
「あれっ?、アルタ?、おーい私よー!」
私はとりあえず深呼吸をし、目を開ける。
シンリの声に気づいたアルタイルが、たった今降りてきた。
アルタイルはゆっくり歩きながら、シンリを見てため息をついた。
「・・・・・・ほんとバケモンだよな、母さんって・・・・・・」
「バケモンって何よバケモンってー、か弱い女の子に向かってそんなこと言うなんてママ悲しいぞぅ?」
・・・・・・・・・遠目で見ている黒鞘から見ても、目の前の自称か弱い女の子はバカにしか見えない。
いや別に彼女の行動が悪いわけではない、自分の事を自慢するよりは謙虚な方がいいと思うし、人権的にも全然オーケーで自分のこの「おめぇは弱くねぇよバケモンだろうがアホゴリラ」という考えの方が正しくないのである。ま、これはこれでお医者様を呼ばないといけないような状態ではあるのだが。
一体どうすればこんな頭の中お花畑の人間が生まれるのだろう、冷たい目線を背中に向けながら思う。
一方、アルタイルは慣れているのか、奇天烈少女シンリの言葉をガン無視しながら私の方に歩いてきた。
肩に手を置き、軽く体の周りを見られた。
「無事か?、怪我は?」
「あっ、ご心配なく、そこのバk・・・・シンリさんが助けてくれましたッ‼」
言いかけたと同時に殺意がビンビンに伝わってきたので慌てて方向転換した、やっぱり人の上に立つ身、めっちゃ怖い。
殺意全開のシンリに少しだけビビりながら、アルタイルは振り返らずに尋ねた。
「えっと・・・・・うん、とりあえずさ、ここら辺にあのガラクタ共がいないのは母さんがやったのか?」
気持ち小さめの声で、アルタイルはシンリに尋ねた。
イライラしていたシンリはほっぺを膨らませた後、頭を片手で押さえながらため息をつく。一度だけ黒鞘を睨んだ後、アルタイルの質問に答えた。
「ええ、こっちに来るまでに40体ぐらいぶっ壊したわ、あれ?、ごめんなさい60?、100だったっけ?」
「知るかバケモン、ったく・・・・・・数が多いな、厄介だ」
ここだけの話、アルタイルはまだここに来るまで合計30体しか壊してないため、自慢しようとしていたのにできなかったのである。
別にアルタイルが弱いわけではない、シンリがバケモンババァなだけである。
グリゲィスで黒鞘を指し示し、アルタイルはシンリに言う。
「そいつを避難所に送ってくれ、足手纏いだからな」
それを聞いた黒鞘が何かを言おうとしたが、シンリが片手で静止した。
天真爛漫なその目に、何か揺るがぬ意思が宿る。
「今の一言は侮辱よ、この子はこれでも騎士、誇りを抱えて生きているの」
「知るか、俺は相手のことを考えるほど優
「聞け、アルタイル」
場が一瞬で支配されることを、黒鞘だけではなくアルタイルですら肌で感じた。
体中の細胞と言う細胞が恐れ、今すぐにでも逃亡したがっている。
まるで、四方八方を塞がれたかのようなアルタイルは、目を細めた。
そのあと億劫そうに頭を掻き、舌打ちをした。
「だーもう分かった!、でも真実だろ真実!、そいつはガラクタ一体倒せない!、安全な所に避難させるのの何が悪いんだ!」
未だに殺気を放っているシンリが恐ろしく、下手にきついことが言えないアルタイルだが、言ってることは至極真っ当な真実である。
このまま連れて行っても、二人の戦いの邪魔にしかならない。
最悪、誇りを抱えて死にました、なんてことがあっても全くおかしくない。
だが、シンリは言った。
「簡単な話よ、私が守って、あなたが戦えばいい」
「・・・・・今は一刻を争うんだぞ、ふざけてんのか」
これでも隊長の立場に立つ身だからか、アルタイルは目を細めた。
だが先ほどのアルタイルのように臆することは無く、シンリはニッコリ笑った。
「そうね、でも黒鞘ちゃんの意見も聞k
「あ、私さっさと逃げたいです」
「ホワァイ??」
真面目な空気が黒鞘の一言によりぶっ壊された。
シンリの顔がちょうど顔文字の「(゜∀゜)アヒャ」になり、思わず身構えていたアルタイルもずっこける。
とりあえず深呼吸をした後、シンリは黒鞘に尋ねる。
「えっと?、え?、つまりぃどゆこと?」
「あの、私的には速く逃げたいって言うか避難したいって言うか誇りとかどうでもいいって言うか・・・・・・・」
あーなんかそっちかー、と、シンリは心の中で悲しい納得をした。
オドオドしている黒鞘は、そこに追撃を入れる。
「だって普通誇りとかそんなんで死にます?、普通逃げますよダッシュダッシュ、まさかですけどそっち系の人ですk
「シャラぁああァップ!、喋るなッ!、それ以上その恐怖の口を開けるんじゃないいい子だからあっ!」
泣き顔で黒鞘の口を塞ぐシンリ、先程の買い被り兼かっこつけがあるのでクソ恥ずかしい。それが思春期なら、なおさらである。
ちなみにここだけの話だが、一人会話に置いて行かれているアルタイルはクッソ笑っており、あまり見られない満面の笑みが浮かんでいた。
それに気づいたのか、シンリは後ろを向き、アルタイルの襟首を音速で掴みとる。
「他言無用だ我が息子よ、おK?」
「オ、オーケーぇぇ・・・・・・・・」
余りの剣幕に笑いは吹き飛び、アルタイルは愛想笑いを浮かべた。
シンリはアルタイルに口止めをした後、すっきりした顔で黒鞘に言った。
「言いたいことわかるね?」
「アッ、はい、ナイフ向けるのやめてください漏らしますよ私」
ガッタガタに震えている黒鞘、真っ青なアルタイル。
普段はあまり怒らないからか、アルタイルには恐怖でしかなかった。
二人に釘を刺し終わったシンリはナイフをポケットにしまい、いつもの天真爛漫な笑顔で言った。
「んじゃ、アルタと私で黒鞘ちゃんを避難所前送り届ける!、それでいいわよね?」
「・・・・・・あ、うん、そうだね」
余りの恐怖で反応が遅れたアルタイル、なんかこの短時間でやつれている気もする。
シンリはそんなこと気にせず、黒鞘の手を掴んで歩き始める。
と、その前に。
「あぁそうそう、ねえねえアルター」
「ん?、何?」
またあんな怖い顔すんの?、と、子犬のように震えるアルタイル。
シンリは黒鞘のほっぺをつつきながら、満面の笑みで。
「孫っていつ見られる?」
爆発的な脚力でアルタイルが飛んだ。
とりあえず7度ばかりグリゲィスで芝き回した後シンリを蹴っ飛ばし、解放された黒鞘の肩を掴む。
「ゴメンね⁉、ほんとゴメンねうちのバカババァが!、ほんとゴメンね!」
テンパっているのか、アルタイルの鼻息が荒く顔も赤い。
しかし先ほどの剣幕のせいでまだ震えている黒鞘には、それが認識できるほど余裕はない。
(ゑ~、何なんあの人~、めっちゃ怖かったんですけど~(´・ω・`)さっきの機神兵より怖いんですけど~)
ただいまネット用語が頭を飛び交っている状態、人間、ショックを受けると誰でもおかしくなるのである。
吹っ飛ばされたシンリは民家の壁に激突し、崩れた瓦礫の中から何事も無かったかのように出てきた。
「いきなり吹っ飛ばすとかやめてくれない⁉、まだ家のローン残ってるのに他人の家のローンまで背負いたくないんだけど!?」
「んなもん背負っとけよ!、どーせ現役の頃稼いだ金が山ほどあんだろ⁉」
興奮状態のアルタイルは中指を立てながら、シンリを威圧する。
ため息をつき、とりあえず瓦礫から出る。
「あのね、あのお金はあなたが結婚して困った時とか、もしもの時に貯めているお金よ、そう簡単に切り崩せると思う?」
「いや俺が言いたいのはそっちじゃないっ!、今日初めて会った女にあんなこと聞くとか大丈夫か⁉」
いやおメェだよとツッコミたい黒鞘、しかし現実は悲しく、黒鞘がこの場で発言しても無視されるのがオチである。
そんなこんなでアルタイルはシンリの目の前に行き、眉間に指を突き付けた。
「大体なぁ!、俺はまだ未成年だ未成年!、結婚とかそう言うのよリ考えることあるだろ!」
シンリはそれに対し、右手で指を払いのけた後に頭突きをした。
「未成年でも親の許可があれば結婚はできますぅ~法律ちゃんと読んでるぅ~?」
あっかんべー、と、細い指で瞼を下げ、綺麗な舌を出す。
頭突きで倒れ込んだアルタイルはそれを見て、起き上がりながらグリゲィスを構えた。
「殺るか」
「望む所よ畜生が」
シンリもナイフをポケットから出し、構える。
二人が睨み合う中、黒鞘は二人の間に走り込んだ。
「ま・・・・・待ってください二人とも!、こんなアホな理由で戦わないでください!」
至極真っ当、ごもっともな意見である。
二人はそれを聞き、はお互いをしばらく見つめ合った。
「・・・・・・・・・まぁ」
「確かに、ね」
構えを解き、ポケットにナイフをしまう。
「もう少しだけ、友達でいさせてあげた方がいいかもしれないわね」
「なんか結婚すること前提になってるけど俺はしないからなおーい」
一人で納得しているシンリ、なんか精神的に疲れているアルタイル。
よくわからないが、まあ親子で殺し合いと言う悲しい道は辿らずに済んだので良しとしよう。
とりあえず時間が無いので、避難所に向いながら話すことにした。
感情の上がり下がりが激しいシンリは、思い出したように黒鞘に尋ねた。
「ところであなた、肌の色とか名前からして・・・・・・・日本人かしら?」
「あっ、はい、日本の九州生まれです」
へー、と、意外そうな顔でシンリは頷いたが、直後に首を傾げた。
「でもおかしいな~、確か日本って、「ニホントウー」って言う剣の一種で何でも切るちょんまげ侍の国だったわよね?、なんであんな鉄くずに負けてたの?」
「それ偏見です、私はただの弱騎士ですし何年前の話ですか・・・・・」
的確の突っ込みを黒鞘が入れたところで、話に入るタイミングを逃したアルタイルが質問をした。
「ってか、お前はなんでわざわざこの国に来たんだ?、日本は連合国の中でも平和だ、わざわざここに来る必要も無いと思うが」
先ほどのことは頭から消去したのか、テンションが落ち着いていた。
「えっとですね・・・・・・・ちょっと・・・・」
下を向き、小さな声で言った。
「帰れなく、なっちゃったんです」
黒鞘はそれ以上何も言わず、目を瞑ったままため息をついた。
黙っていたアルタイルも、会話から追い出されたシンリも、何も言わなかった。
黒鞘は黙った二人が申し訳ないのか、無理やり話題を変えた。
「えっと、お2人はどういう関係なんですか?」
突然の問いに、いまさらそんなこと聞くのかと言いたげな顔でシンリは答えた。
「親子だけど?」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・・・うーん」
頭を悩ませる黒鞘を見て、アルタイルは呆れた顔で黒鞘に言った。
「俺はこいつの養子だ、11の時に拾われた」
ちょっと言いにくそうに、目を逸らしてアルタイルは言った。
「血は繋がってない、所詮他人だ」
全員の口が開かなくなり、避難所に向かう足音だけが響く。
少し悲しそうな顔をするシンリは、目を合わせられないアルタイルの手を掴む。
強く、そして優しく。
「・・・・・・・本当の家族じゃなくたって、私はあなたの親だから」
今にも泣きそうな笑顔。
ボロボロで、でも絶対に壊れない、そんな表情。
変えられない事実に対しての、どうしようもない悔しさ。
アルタイルはその顔を見て、とても幸せそうに下を向いた。
横目でそれを見た黒鞘は、諦めたような表情で言った。
「・・・・仲、いいんですね」
シンリはそれを聞き、嬉しそうに黒鞘の方を向く。
「そうなの!この前もね、私の誕生日だからって、ケーキを買ってきてくれたの!、しかもちゃんと私の好きなイチゴ味でもう嬉しくて嬉しくて・・・・・・・」
夢中で話していたシンリの口が、永遠に話していそうな口が、黒鞘の表情を見て止まった。
彼女は、泣いていた。
前を向いたまま、黙って泣いていた。
嗚咽を漏らすことも無く、座り込むことも無く。
ただただ、目からは水滴が垂れていた。
言葉を失ったシンリは、足を止めて何か言おうとした。
でも、何も言えなかった。
言葉を頭から出せずに、ただただ見ているしかできなかった。
「・・・・・・・・・・・」
息子と手を繋いでいる左手と、反対の手で黒鞘の手を掴む。
息子と繋ぐ手とは違い、とても強く握った。
黒鞘の手が少し拒絶しようとするが、シンリはそれを逃がさず、強く握り返した。
そのまま黒鞘は、ゆっくりと手を握り返し、また歩き始めた。
シンリもそれにつられ、歩いていく。
三人で、手を繋ぎながら。