襲撃
「…………」
小難しい顔をして黙っているのは、先ほど飛び立ったアルタイルだ。
ドロップキックをしてきた黒鞘聖刃に、「友達になってください的な何か」をして、任務と言う逃げ道を使って目的地に急いでいる。
現在全力で民家の屋根を蹴りまくり、黒鞘が言っていた目的地に向かっていた。
だが移動してる最中に、アルタイルは顔を真っ赤にしながら、珍しく後悔していた。
(死にたい、初対面の人にあんなこと言った自分を殺したい)
アルタイルは本来、はっきりした性格なのだが、どうも人間関係になると、頭がぱぁになってしまうのだ。
これはアルタイルに限らず、人間なら大体こんな感じである。
あの時こうすりゃよかったー、ちゃんと話せたかなー、とか、そんなことをずっと頭を巡ったこと、そこの君もあるだろう。
しかし安心してほしい、そんな過去のことが頭の中をぐるぐる回っている時は、脳が暇なだけである、大体は。
そんな感じでぶつぶつ言っているうちに、アルタイルは目的地に着いた。
屋根から飛び降り、別に必要のなさそうな1回転を空中で決めた後、綺麗に着地する。
降り立った場所は、別に何ともない……と言ったら失礼なので説明しておく。
この何にもなさそうな場所は、実は連合国の三大軍隊の一つである「暗殺隊」の縄張りなのである。
実のところ、三つの軍隊は隊長以外は全然仲が良くない。
市民に対しては満面の笑みのくせに、他の軍隊とすれ違っただけで盾で突撃したりバズーカ撃ったり捨て身タックルしたりだの、終いには住民の中で編成されたえりすぐりの主婦団である「フライパン団」によってフルボッコにされるのである(ちなみに「フライパン団」の団長は普通に隊長クラスの兵士にも対抗できます)。
仲が悪い軍隊なので、協力したことがあるのは特攻隊長が最初にして最強である初代連合国特攻隊長エルグランド=ファッキューの時だった時のみで、今となっては守るべき領地すら奪い合うようなことになっているのである。
とまあ、長い話になってしまったが、ここは三大軍隊の内「暗殺隊」の管轄。
黒鞘の話が正しいのなら、今頃どっかで爆発音やバズーカの爆音、おまけにサンバ踊ってるド派
手暗殺者がいるはずだが……。
「……なんもないぞ」
周りにはなにもなく、ただ牛がいてもおかしくないほどの景色が広がっているだけだった。
爆発もバズーカもサンバも何もない、いやあった方がおかしいのかもしれないが。
穏やかに吹く風の中で、アルタイルはただただその景色を傍観する。
「……黒鞘の奴、ホラ吹きやがったな……許さん……」
穏やかな景色なので変に殺意を出すのも億劫だな、と、何ともまあ平和ボケした思考の末、
ここには何もないことを確認した。(まああのサンバを見ないだけ、マシなのだが)
元の場所に戻って昼寝でもしようか、そんなことを考えながらアルタイルは持っていた棒を肩に担ぎ、あくびをしながら背を向けた。
そして背後から、駆動音が聞こえた次の瞬間。
アルタイルの後頭部に、何かが直撃したのだ。
ガガガガン! と、軽く10発は刺さった。
「がっ……はっ……⁉」
アルタイルは倒れそうになったが、何とか踏みとどまり後ろへ飛んだ。―咄嗟に筋肉を張っていなければ、即死は免れなかった―。
地面に着地するまでの間、そこでアルタイルはとんでもないものを見た。
機神兵。
鉄でできた神の兵士。
神話に出てくるようなその機械が、10隊ほど綺麗に並び、こちらに銃口を向けたまま一斉射撃の準備をしていたのだ。
「………」
黒い銃口を向けられる中、アルタイルは混乱していた。
これまで、敵国の兵器はいろいろ見てきて、全て壊してきた。
だが、こんな神秘的かつ、禍々しい兵器は見たことが無かった。
(新型の兵器か……? いや、あの国はもうそんな力はないはず……だとすれば……いったい)
アルタイルは考えたが、答えは見つからない。
分からないなら、聞くしかない。
「誰だお前、目的は?」
棒をくるくると回しながら、アルタイルは聞く。
先ほどのような不意打ちが来ても、対応ができるように。
バァン、と、言葉の代わりに銃弾が飛び、アルタイルはその銃弾を全て棒で弾き返した。
弾かれた弾は全て砕け散るか、どこかに落ちるだけ。
先程のようにアルタイルの体には当たることなく、全て地面に虚しく落ちる。
「これは、宣戦布告ってことでいいのか?」
棒についた鉄片を払いながら、銃口を向ける機械に問う。
先ほどと同じく、返事は無い。
それどころかピクリとも動かず、銃口を少しずつ動かし、射撃準備をしているだけだ。
(無人の量産型歩兵、遠隔操作でここまでやるか)
ますます謎だな、頭を悩ましながら、アルタイルは頭を掻き毟った。
空を少し見上げ、片手で顔を抑える。
「何つうか、お前ら」
閉じていた青色の片目を開き、一体の機神兵を睨みつける。
「ムカつくから、ぶっ壊してもいいよな?」
それが合図になったらしい。
一人の人間を殺すべく恐ろしい量の弾丸が跳び、アルタイルへと向かって行く。
だがアルタイルはそれを見ても余裕そうに、棒をくるくる回すだけだった。
棒を片手で水平に振るう。
最初に放たれる三発の内、アルタイルの目の前の機神兵が撃った弾が地面に叩き落とされる。
続いて二発目は、振り下ろした棒を斜め右に振るい、三発目は棒を回して受けきった。
ここまで、わずか2秒。
銃弾を生身で叩き伏せたにしては、余りにもアルタイルの体には赤が足りなかった。
白い純白の髪は汚れることなく、青い瞳は余裕そうに当然の事のように機神兵を睨む。
余裕そうにその場で準備運動のようなものをしながら、アルタイルは言う。
「まずは一体、撃ったら打ち返されるとか考えた方がいいぜ? 卓球とかと同じだっつー……のっ!」
ビュウン! と、風が裂かれ、アルタイルは大砲のように飛んだ。
それを逃す機神兵でもなく、銃口から先ほどの何倍もの量の銃弾が飛んだ。
向ってくる馬鹿者に連射される銃弾全てをかわし、弾き、アルタイルは機神兵の内一体の懐に潜り込む。
「あばよ」
バキャ、音を立てて機神兵の装甲がひしゃげ、一撃でスクラップになる。
そのまま鉄塊となった機神兵は、こちらに銃口を向ける機神兵の内一体に突っ込み、まるで積み木を崩すかのように瓦解した。
ものの一瞬で二体もの仲間がやられたことに、さすがの機神兵も反応した。
陣形を崩し、移動しながらアルタイルを囲んだ。
絶え間なく連射される銃弾を弾き避けながら、アルタイルは思考する。
(なるほどね、こうやって全方位から攻撃すれば殺せると)
少し目を閉じ、しばらく感覚だけで銃弾をかわす。
眉間に向ってきた弾、それはグリゲィスで叩き落とした。
足元に撃ってきた弾、それは踏み潰した。
銃弾が一瞬止んだ後、アルタイルは機神兵を睨んだ。
「舐めてんじゃねぇぞスクラップが」
機神兵がアルタイルを狙って一斉射撃をしたが、すでにアルタイルはいない。
土埃の中、見えたのは機神兵だった。
他の機神兵に射撃され、すでに半壊状態だった。
「おいおい、ここまで性能が悪いのは予想外だぞ?」
一体の機神兵が破壊される。
スクラップを蹴り飛ばし、その男は言う。
「あと三体、んじゃ、さっさと死ね」
アルタイルはそう言って、持っていた棒を構える。
棒の名は魔剣グリゲィス。
この見た目だとただの棒だが、魔具と呼ばれる最強の武器の一つである。
過去に機械の神を切り裂き、機械殺しの異名を持つこの魔剣、機械にとっては天敵とも言える。
機神兵が最後の抵抗を、弾丸を打ってきたが、アルタイルがあまりにも早すぎて弾が当たらず、次々と機神兵がただのガラクタになっていく。
一体目は、銃口を潰されてからスクラップに。
二体目は、十文字に潰し切られた。
三体目は、穴だらけになってバラバラになった。
こうして三体の兵器は、たった一人の少年によってスクラップになった。
ひしゃげ、潰れ、飛び出たケーブルからは電気が走り、小刻みに痙攣している。
アルタイルはつまらなそうに、そのガラクタの上にどすっと座った。
侮辱なのか、単なる気まぐれなのかは、本人のみぞ知る。
無言のまま、汚物を見るかのような目でスクラップを見た後、ため息をついてから携帯電話を取り出た。
適当に番号を入力し、自分の部下に連絡する。
敵国の兵器の解析、と言えばいいかもしれないが、実際はただ掃除させようとしてるだけである、職務乱用、よい子はまねしないでね。
「えーもしもし、こちら14代目連合国特攻隊長、アイン=ナブル・アルタイル、不審な兵器を発見したので、排除した、回収班をこっちに寄こせ、場所は北側の平原地帯、あちこちに散らかしたんで綺麗にしとけよ」
言うだけ言った後、アルタイルは電源を切ろうとした。
だが、電話から聞こえてきた焦りの声が、それを呼び止めた。
『ちょっ、まっ……ちょっ待ぁてよ!』
「何つったお前」
渾身のキ〇タクネタが炸裂したことで、アルタイルの声色がより一層殺意を帯びた。
ひゃいっ⁉ と、電話越しにビビり気味の声を出した女性隊員は、パニクりながらもアルタイルに伝えることを伝えた。
『先日確認された兵器が南から大軍で押し寄せてきました! 今の所、領地内への侵入はグラハッド隊長率いる守護隊の皆さんが防ぎ、各個撃破していますが、数が多すぎてこのままでは街に侵入されます!』
慌てた様子で伝えてきた隊員の声を聴き、アルタイルは勢いよく走りながら電話越しに指示する。
「俺もすぐ行く、それまで特攻隊の隊員を向かわせろ、北は銃撃部隊、東は格闘部隊、南は俺が一人で片づける」
『西は!? 西はどうするんです!?』
「考えがあるんだよ! いいからさっさと指示回せ!」
自分を呼び止める電話を切った後、アルタイルはスピードを上げ走る。
「人が留守の時に攻めるとは、いい度胸じゃねえか。」
足に力を籠め、勢いよく飛ぶ。
そのままアルタイルは連合国の南側に跳び、流星の如く落ちていった。