紅茶のいい香り
焦げ茶色の熱いその飲み物の香りに、軽く30秒は魅了されていた。
ゆっくりと息を吐き、すうっと息を吸う。
苦くも良き香りが肺いっぱいに広がり、戦意によって刺々しくなった心が柔らかくなる。
「ふぅ・・・・・・やはりいいな、イギリスの紅茶は、心が穏やかになる」
香りだけを楽しみながら、グラハッドは思わずそう漏らした。
「あっという間でしたね、死を覚悟したかと思ったらわずか三十七分三十九秒で終わってしまいましたし」
「お前それ数えてたのか?」
手に紅茶のポットを持っているお団子ヘアーの女性の言葉に、思わずグラハッドは驚いた。
女性はびっくりした様子でグラハッドの問いに答える。
「ああはい、時間を計るのが昔から好きで・・・・・・」
変な奴だなぁ、そう言おうとしたグラハッドだが、自分の父親があれなので言わないことにした。
「所で隊長、その紅茶を眺めてもうすぐ3分経ちますけど、飲まないんですか?」
「ん、ああ、香りを楽しんでから飲むんだ、少し冷めたぐらいがちょうどいいんだ」
「そんなものですか?私は一分二十八秒秒以内に飲み終わってしまいますが」
・・・・・・取り合えずこのまま話すとやばいことになることを察したグラハッド、そろそろ紅茶を一口飲もうと腕を上げる。
その瞬間。
「たぁあああすけてぇええええええええええ!」
「まぁあああああああああてぇえええええええええええ!」
特急のような速度で突っ込んできた女性二人組に激突し、グラハッドが宙を舞う。
どしゃあっ!地面に頭から落ちたグラハッドの顔に、紅茶と共に声が響く。
「あらゴメンなさい!私アルタ特攻隊長の母親ですさようならぁあああああっ!」
12歳程度の女の子を追いかけながら挨拶をした金髪の女性は、グラハッドをひき逃げした後どこかへ走り去っていった。
時間を計るのが得意な女性は、顔を引きつらせながら地面にめり込むグラハッドに問うた。
「えっと・・・・・・大丈夫ですか?」
女性の声に反応したのか、弱弱しく震える腕が動き、親指を上に立てた、いいねのポーズだ。
そのままグラハッドは地面から起き上がり、何事も無かったかのように椅子に座り直す。
自分の頭の上に乗っているティーカップを手に取り、中身を見る。
すっからかん、もぬけの殻、まさにそれだった。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・ハンカチ、要ります?」
うん、震える声でそう答え、グラハッドはハンカチを握った。
頭には、紅茶のいい香りがべっとり付いていた。