そこまでにしとけよシンリさん
瓦礫と大量の炎が乱舞するこの状況は、強いて言えば地獄なのかもしれない。
炎は広がり、中心から外側へと広がる。
まるで命全てを蹂躙するかの如く、とにかく燃え広がった。
その炎を裂く火と雷、それぞれ一つ。
しなやかな曲線を描いた日本刀を覆うそれは、神々の雷にも引けを取らない。
一回、二回、小さな果物ナイフに込められた神の雷霆が、炎の爆発のような衝撃で霧散する。
常人なら受けることも敵わない、もちろん雷霆を吹き飛ばす衝撃も、現実で言えばビルを丸ごと破壊する爆弾に匹敵する。
「・・・・・『陽炎』・・・・」
ゆらり、命を焼き尽くす炎を纏った日本刀が一瞬揺らぐ。
(幻覚・・・・・・・⁉いや違う!)
ろうそくの火のように揺らめく太刀筋を、雷霆を構えるシンリは凝視する。
斜め上から振るわれる刀、太刀筋は右上から左下、刀身の長さからして、自分の脇腹から腰のあたりまで両断する気だろう。
シンリは刀の方向に放とうとした魔法を引っ込め、代わりに頭を思いっきり後ろに下げ、倒れ込む。
自殺行為としか思えないかもしれないが、シンリの場合ただ転ぶだけでは終わらない。
「ふんっ!」
地面に指を突き刺し、全体重を支え。
「どおりゃあっ!」
右足を勢い良く蹴り上げ、丁度垂直に蹴り上げる。
其処には何もない、揺らめく太刀筋は止まることなく、胴の代わりに右足へと向かう。
ボオッ!爆発する炎で描かれた線が、シンリの右足を通り過ぎる。
衝撃が足を襲うと、着ている衣服から艶めかしい太ももが露出する。
「・・・・・つまんないの」
黒髪の少女の舌打ちがすると同時に、シンリは舌を出した。
「私を舐めないでほしいわね、蜃気楼ごときで倒せるわけないでしょ?」
そう、シンリの太ももは切られることなく、垂直に振り下ろされかけた刀の柄を、つま先で押さえていたのだ。
初めの太刀筋は炎を使った蜃気楼、視覚をごまかす魔法などではなく、自然現象から生み出された産物に過ぎない。
太刀筋が歪んで見えたのは単純に目の錯覚、この少女は、自分の脳天から股関節まで両断する気だったのだ。
「よーいしょっと!」
バク天の応用のような動きを軽々とこなし、壁を蹴るかの如く柄を蹴り飛ばし後ろへ飛ぶ。
着地したシンリをジャックは見据える。
(身体能力はまあ私と同じだね、『大アルカナ』を単独で倒すぐらいの力を持ってる)
別にそこまで驚きはしない、世界は広い、こんな化け物を数えきれないほどジャックは見てきた。
だが、問題はそこではない。
(初見で『陽炎』を見切った)
そう、彼女はここに違和感を覚えていた。
何故なら彼女はこの蜃気楼を使った『陽炎』に絶対的な自信を持っている。
『陽炎』だけではない、『逆ノ火』や『火箭』、奥義である『火焔光背』など、自らが編み出した7つの刀術を、彼女は何よりも信用していた。
一度も見切られたことは無い、この技は必ず相手の肉を断ち、一撃で絶命させてきた。
いわばこの少女にとって、技や研鑽という物は自分の神のようなものなのであった。
信徒が神を信じるように、この少女も自らの努力を信じた。
信じるしかなかった、だからこそ、憤っていた。
「・・・・・・・私、お姉さんみたいな人嫌いだな~」
陽気さの中に闇を混ぜたような声、少女はそれを小さな口から放った。
「そっか、でも私はあなたみたいな女の子好きよ?」
「は?」
思わず声を出してしまった、怒りすら忘れた自分に疑問が浮かぶ前に、相手に対する疑問が脳内と視界を埋め尽くす。
「だって可愛くて強いじゃない、つまり最強よね?」
あ、ちなみに私には旦那・・・・なのかな?まあ取り合えずいるから。訳の分からないことを口にするので、思わずズッコケかけた。
「・・・・・えっと、何言ってるの?」
自分なりにこの奇天烈ゴールデンおっぱいを理解しようとするが、どう足掻いても理解できそうにないのが本能的に分かる、これはそういう類の女性である。
しかしそんなことも知らず、このバカはとんでもないことを言い出す。
「だ・け・ど!あなたの目には光が無い!そう!ケチャップの無いオムライスのように!」
「あ、でも私はケチャップよりマヨネーズ・・・・・じゃなくて!お姉さんは何を言ってるの⁉」
隙だらけなのは自分でも分かっている、だがどうしてもこのバカが間違っているという事を自覚させなければ、刀を振るってはいけない気がする、必然的に。
「よぉし!取り合えずその服がダサいわね!私のすぺしゃるなセンスで選ばれた服で輝かせてあげる!」
「何この人怖いよォオオオオオオオオオオッ!」
ビュウン!一目散に逃げていくジャック、それを見たバカは容赦しない。
「あっ、待てー!アルタにも試したかった所なのよ!大人しく着せ替えさせろぉい!」
残念美人、この言葉がふさわしすぎる言動と形相を抱えながら、シンリはジャックを追いかける、まあある意味地獄、そこまでにしとけよシンリさん。